「宮台の“終わりなき日常を生きろ”って、要は“運動”に対する批判・否定のスローガンでしょ。フランシス・フクヤマの“歴史の終焉”論のショボいバージョンでしかない」(外山恒一) :『現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』を読む(2)


 

前回からつづく

 

外山 51ページで北田暁大が云ってる、「宮台真司が一番売れていたのは九〇年代後半から二〇〇〇年代初頭」というのは、実際そうだっけ?

藤村 もうちょっと前じゃないかなあ。

外山 “ブルセラ”がどうこう、“援交”がどうこうって議論でガゼン注目されてメディアに出まくり始めたのが93年とかでしょ。その段階でもはや第一線の売れっ子文化人だったよね。さらにオウム事件を踏まえて95年のうちに出した『終わりなき日常を生きろ』(ちくま文庫)という愚かしい本が売れに売れて、全盛期はたぶんその頃だよ。もしかしたら単に実売部数ってことで云えば、北田暁大の云うとおりなのかもしれないけどさ。まあブルーハーツで考えても、本当に重要で影響力があって実際もはやスタンダード・ナンバー化してるデビュー曲の「リンダリンダ」よりも、すっかりメジャー・バンドになってからの駄曲である「情熱の薔薇」のほうが圧倒的に売上枚数は多いのと同じことかもしれない。

藤村 宮台は、もともとリベラル派だったのが、やがて“天皇主義”とか云い始めて、とくにそれ以降は影響力は若干落ちたと思う。

外山 その転向は00年前後のことだよね。

藤村 後藤さんはおそらく、まず転向後の宮台の姿を知って、さかのぼって転向前の宮台の本を読んでディスってるんじゃないかと思う。それは後藤さんの年齢を考えれば仕方ないことでもあるけどさ。さらに云えば後藤さんは、個々の本で主張されてる内容それ自体よりも、それらが批評シーン全体に与えた影響のほうに着目してる印象がある。もちろんそれもまたこの鼎談のテーマを考えれば理解できますが……。

外山 若いから仕方ないんだが、後藤和智は他の2人に比べてもやっぱりちょっと視野が狭すぎるというか、自分がリアルタイムで体験して知ってることしかモノを考える材料にできていないという限界を感じます。

A女史 ……宮台真司は“ブルセラ”に関してどういうことを云ってて注目されたんですか?

外山 80年代までの若者たちは“自分探し”とかに走りがちだったわけだけど、そういう“実存”的な方向ではない自意識のあり方を“援交少女”たちに見出して、“終わりなき日常”を“まったり生きる”ためのモデルとして称揚した。

藤村 自分の性を商品化するような振る舞いは“魂”を傷つけるんだという常識的な“援交批判”に対して、宮台は、彼女たちはそんな過剰な自意識なんか持たずに“まったり”生きてるんであって、傷ついたりしないんだと論陣を張って擁護してたわけです。大塚英志は、そんなことあるはずないと宮台を批判してたんだけど……。

外山 90年代も後半に入ってしばらくすると、宮台が数年前に交友を持ってた元援交少女たちがことごとく“メンヘラ”化してて……(笑)。

藤村 やっぱり実際は傷ついてたんじゃねえか、と(笑)。

外山 その事実に直面して、宮台は“天皇主義者”への転向を表明する。

藤村 大塚英志に対しても負けを認めてた。転向当初は“内在と超越”ということをよく云ってて、内在つまり“まったり”だけでは生きられない人間がいるし、宮台自身も実はそうだ、と。そういう人たちには何らかの超越的な価値が必要で、そこにまもなく“天皇”を当てはめるようになるわけです。

外山 うん、『援交から革命へ』(ワニブックス・00年)というのが宮台の“転向宣言”の書で、それが2年ぐらい後に文庫化される時に『援交から天皇へ』(朝日文庫・02年)って改題されたんだったはず。

藤村 オレも転向前の宮台については死ねばいいのにと思ってましたが(笑)、転向したあたりから徐々に共感を持って読むようになりました。

外山 小林よしのりと一緒だね。全盛期はろくでもないことばっかり云ってて、革命の暁には必ず処刑せねばという感じだったけど、いつのまにか比較的マトモなことを云うようになって、しかし同時にあんまり売れなくなるっていう(笑)。

A女史 ブレやすい人たちってこと?

外山 そんなミもフタもない……。

藤村 小林よしのりはともかく、宮台が立場を根本的に変えたようなことはその1回だけじゃないかな。ちなみに今日は(元「だめ連・福岡」の松本k氏を指して)その宮台先生も参加しておられます。

外山 松本君、ほんとに宮台に顔がそっくりなんだよなあ(笑)。東京の松本(哉)君のほうも柄谷行人に似てることをこないだ発見した(笑)。……“宮台が一番売れてた時期”に関する北田発言もそうだし、その前の50ページのやはり北田発言で、『論座』07年1月号の「『丸山真男』をひっぱたきたい 31歳、フリーター。希望は、戦争。」での赤木智弘の登場について、「ビックバンだったという気がしてしまうくらいのインパクトがあった」というのも、どうなんだという感じがする。朝日新聞に乗せられすぎでしょう(笑)。メジャーなところで活躍してる“言論人”の感覚ってこういうものなのかもしれないけど、なぜこうも簡単に朝日新聞とかの策謀に踊らされてしまうのか(笑)。

赤木智弘ってそもそも、ぼくのインタビュー(「参院選 勝ったのは誰だ」13年7月27日)を全国版のオピニオン欄にドーンと掲載してくれた高橋純子さんっていう記者(10月刊のかなり話題の新著『仕方ない帝国』河出書房新社にその外山インタビューも再録されている)がネットで発掘してきて『論座』に登場させて売り出したらしいんだけど、完全にマッチポンプなんだよね。まず“若者の労働環境をちゃんとしてくれないと「戦争」とか待望しちゃうぞ!”っていう赤木智弘の“リベラル派への恫喝”を誌面にドーンと掲載して、次の号(ではなく3号後の07年4月号)でそれに対するリベラル派知識人たちの右往左往の“反論”を特集するっていう、そういう売り出し方で、完全に“仕組まれた”デビューですよ。さらに云えばもっと後のシールズだって一緒で、安倍政権と対決するリベラルな若者たちに登場してほしくて仕方なかった朝日新聞とかのリベラル派メディアが、反原連(首都圏反原発連合)の周辺にごくわずかに登場した現役学生たちの一派を針小棒大に取り上げてブーム化させただけでしょ。そういう“工作”に毎回まんまと乗せられるようではいけません。

そもそも“赤木智弘の登場”によってロスジェネ論壇が盛り上がったわけではないのに、栗原裕一郎もそういう歪んだ歴史認識に同調してしまって、51ページで「赤木の登場から古市(憲寿)の登場までは五年もないわけでしょう」と“赤木智弘の登場”を何か重大なメルクマールであるかに考えることを追認するような発言をしてる。「ロスジェネ的な言説」の興隆は、“赤木智弘の登場”ではなくせめてフリーター労組が結成された04年に起点を置くべきだ。

藤村 たしかに。

外山 さらに云えば92年結成のだめ連だって90年代後半に“不況下の若者たちの脱力サバイバル的な自助グループ”として注目された側面があるんだし、もっと意識的なところに限っても、矢部史郎は96年にだめ連周辺で“銭湯的(註.誤字に非ず)労働運動”を始めた時点ですでに“若者の労働問題”を盛んに云ってましたよ。そういう議論がほぼメインの矢部の最初の本(山の手緑との共著『無産大衆神髄』河出書房新社)も01年に出てるし、そこに収録されてる論考の数々は97、98年ぐらいから『現代思想』や『文藝』に掲載され始めてるんだしね。その矢部がまさにフリーター労組結成の主導者の1人でもあり、結成に向けてのミーティングは“だめ連系の飲み屋”である早稲田の“あかね”で重ねられてた。……とまあ、そんなふうにさんざん挙げつらいましたが(笑)、議論の大まかな流れとしてはそう反感を持ったわけでもないよ。

山本桜子 40ページで後藤さんが宮台の『終わりなき日常を生きろ』について触れていて……。

外山 あ、刊行年が「一九九八」となってますね。間違いです。95年のはずです。これは絶対に間違っちゃいけない年号なんだけどな(なお同じ箇所の宮台『これが答えだ!』飛鳥新社も実際は98年の刊行なのに「二〇〇二」とされている。いずれも文庫化の年を誤記してしまったものであろう)。……まあいいです、続けてください(笑)。

桜子 後藤さんが、02年に初めて読んだ宮台真司の本には「『上の世代の価値観は終焉を迎えて、これからは終わりなき日常が始まっていくんだ』というメッセージがあった」と云うのを承けて、栗原さんが「二〇〇二年頃だと、まだそういう論調が残っていた時代ですよね。二〇〇〇年代半ばを過ぎると、それが通用しなくなっていく」と云ってますが、どういうことでしょうか?

外山 えーと、何だっけ? 「二〇〇〇年代半ば」で何が変わったというのがこの人たちの認識だったかな?

桜子 “終わりなき日常”みたいな感覚はむしろ今でも続いてるんじゃない?

外山 いや……。

織田曜一郎(たまたま来てた『週刊SPA!』編集者) 横から口を挟みますけど、“終わりなき日常”というのは、もうこれ以上は経済成長とかしないんだという認識を前提に出てきた話だと思うんです。先進国はもうそういう段階にまで到達してしまったっていう。今後はもう“退屈だけど豊かで安定した社会”が永遠に続くだけだという認識になってたのが、しかししばらく経ってみると、“格差社会”とかいろんな問題が無視できないぐらい大きくなってきた、ということじゃないでしょうか。

外山 大意はそういうことかもしれませんが、「二〇〇〇年代半ばを過ぎると」というのが何を念頭に云ってるのか……そうか、単にロスジェネ論壇も登場して言論状況が変わったということだね。若者の貧困問題が深刻になって、フリーター労働運動を背景としてロスジェネ論壇も成立するし、政治的・社会的な運動と親和的な言説がマスメディアの表面にまで登場するようになる、と。

宮台の“終わりなき日常を生きろ”って、要は“運動”に対する批判・否定のスローガンでしょ。それ以前はさまざまのイデオロギーの対立があって、それこそが歴史を作ってきたんだけど、そういう時代はもう終わりだっていう、フランシス・フクヤマの“歴史の終焉”論のショボいバージョンでしかないんだ、宮台言説なんて。今後は“政治”にさえ現状の微調整ぐらいしか役割なんかない時代で、その退屈に耐えろ、という話です。

藤村 宮台は東日本大震災の後も“終わりなき日常”は“終わってない”と書いたりしてて……。

外山 往生際の悪い奴だ(笑)。

藤村 でもそれは逆に云うと、そう強弁せざるをえないぐらい、もはや“終わりなき日常”なんて認識は世間一般には通用しなくなっているってことだよね。3・11以降はとくにそうだけど、そもそも00年代後半に若者の貧困問題が焦点化したあたりから変化は目に見えてた。“食えなくなる”なんて状況が社会に遍在してるような時代ではなかったからこそ“終わりなき日常”なんて呑気なことが云えたわけで、ところが今では、放っとけば“食えなくなる”ような人たちが誰の目にも明らかなぐらい遍在してる。

外山 現に今ある“この社会”は良くない、間違った社会であって、そうではない理想的な社会というのがありうるはずだ、そこを目指してさまざまな試行錯誤が続けられなければならない、というような発想はもう終わりにしましょうって本だよね、『終わりなき日常を生きろ』は。そういう無理な試行錯誤がオウムみたいな結果に行き着くんだ、っていう。オウムのような失敗を繰り返さないためには、“この社会”に代わる“理想社会”なんかどこにもないんだと観念して、退屈な“終わりなき日常”をどううまくやり過ごして、“まったり”生きていくかを考えなきゃいけないという本で、そういう反革命言説が一時期はブイブイとハバを利かせてたんだけど、00年代後半には“若者の貧困問題”の深刻さが明らかにされて、さらには3・11のショックがあって、東座談会でも“問題”視されてたように、“政治の言説”、“活動家の言説”が急速に復活してくる。宮台的な言説は時代遅れのものになってしまったわけだ。

しかし一方で最近は若い世代の論客による自己肯定的な“若者論”が登場してきてもいるんでしょ? ぼくはこの古市ナントカって人の本なんか読む気も起きないし、資料として一応は何冊か持ってはいるけど実際まだ1ページも読んでない。もちろんそのうち“検閲”しなきゃいけないのかなあと思ってはいますけどね(笑)。自分たちが“不幸ではない”とか思ってるようなマヌケな若者の云うことなんか真面目に聞いてやる必要はありませんよ(笑)。そもそもそんな奴の本なんか、わざわざ出してやる必要がないんだ。何の不満もないんなら黙ってろ、と思う。

藤村 ディアステージにでも行くといい(笑)。

外山 陰謀史観的になるが、“震災以降”にそういう古市的な言説がもてはやされるのも当然といえば当然で、若者自身に“現状肯定”を声高に叫ばせようという体制側の陰謀だよ、きっと(笑)。“反原発”とかに熱くなってるような若者は遅れています、と。

A女史 マスコミが大々的にそういう言説を取り上げるというのは、やっぱり陰謀なんじゃないですか?

外山 少なくともそういうメカニズムは働いてるとは思う。

藤村 しかしそのわりには古市は、この座談会でも言及されてるけど、“ハーフは(容貌の)劣化が早い”とか、炎上するようなことばっかりポロポロ云っちゃうでしょ。つい最近も何かで炎上してたよ。“コンビニで電子マネーではなく現金を使う人は頭が悪い”って云ったんだったかな(笑)。

外山 ワイドショーで差別発言をやって共演者の長嶋一茂にその場で叱られたのも古市だっけ?(それは経済学者の、やはり“リフレ派”であるという飯田泰之。14年11月14日放送の情報番組「モーニングバード」での出来事)

藤村 長嶋一茂もどんどんリベラル化してるよね。北朝鮮のミサイル発射でJアラートが鳴り響いた時にも、“そんなことより優勝のかかった明日のセパ両リーグの試合のほうが大事だ”って、実に真っ当な正論を……(笑)。

外山 ともかく“最近の言論状況はヒドい”っていう、この3人の鼎談については、改めて云われるまでもなくそう思うし、どう“ヒドい”かという視点についてもそんなに異論はないです。

藤村 オレも、“もふくちゃん”をディスってるところ以外にはとくに異論はない(笑)。

外山 61ページからの、「新書ブームと『ひな壇化』する言論人」ってあたりなんか、本当にそうだよなあと思う。「ひな壇化」というのはまさに云い得て妙だし、新書が“雑誌の代わり”みたいになってるというのもそのとおりで、一過性の話題に便乗するものばっかりです。62ページの栗原発言にあるように、「新書の新刊が月に一五〇冊前後あるという状況が二〇年弱続いています……書店の棚というのは限られているので、新刊を全部置ける書店ってまずないんですよ」という状況で、だってこの『現代ニッポン論壇事情』だってたった3、4ヶ月前に出たばっかりの本なのに、もう平積みではないんだもん。人数ぶん、ぼくと桜子とA君のぶんを揃えるために、昨日3軒回って3冊ようやく入手したっていうね。天神のジュンク堂と博多駅の紀伊國屋っていう、福岡の2大書店に1冊ずつしか置いてなかったんだよ? しょうがないから大型店舗のツタヤに行って、どうにかもう1冊見つけた。サイクルが早すぎるよ。たしかにこの本は典型的にかなり安易な“雑誌的”なものでしかないとはいえ、全体的に“新書”はもうほとんど使い捨てみたいなジャンルに成り下がってる。

薙野 刊行は6月ですよね。

外山 新書全体が平均的にそういう使い捨て、読み捨て前提の内容的にも薄っぺらい水準に落ちてもいるんです。62ページでも嘆き合ってるでしょ。「中公はレベルを維持している感じがしますけど、講談社もときどき結構きわどい新書を出すようになってきた」という北田発言を承けて、栗原裕一郎が「ちくま新書の劣化も激しい」って、藤村君がいつもディスってる濱野智史の『前田敦子はキリストを超えた』(12年)をその「象徴」に挙げてるところなんか、そのとおりすぎて笑ってしまいました。

藤村 あれは本当に愚著です。

薙野 昨年の新書の年間ベストセラーの4位ぐらいが平田オリザの『下り坂をそろそろと下る』(講談社現代新書)でしょ(確認できず。紀伊國屋書店の調べでは新書部門の年間第55位で、それでも「新書の新刊が月に一五〇冊前後ある」んならだいぶ上位ではある)。あれも相当くだらない本で、最初のほうだけ読んだけど、放り出しましたよ。

外山 1つの本が店頭に並んでる期間がどんどん短くなってる一方で、62ページの栗原発言にあるとおり、「新書に限った話じゃないんですが、茂木健一郎や内田樹は、大同小異の新刊が常に平積みになっている」っていう、そういう状況ですよね。

藤村 茂木健一郎もほんとにくだらない。

外山 ……とまあ、どんどん雑談化してきてるので、第2章に進みましょう。

 

→つづく