夏休み(春休み)で差をつけろ! ・・・教養強化合宿の講義のテーマは「悲惨な左翼運動史、そしてポストモダンへ」


8月9日。

一昨年(2014年)の夏に「第1回」を開催し、以来、学生諸君の夏休み・春休みの期間に合わせて開催を続けている「“夏休み(春休み)で差をつけろ!”教養強化合宿」の「第5回」が、今日からスタートする。

フタを開けてみないと(夕方、待ち合わせ場所に行ってみないと)分からないが、今回は9名の学生諸君が参加予定である。もっとも最近の学生諸君はしっかりしているのか、過去4回、事前に参加表明をしていて当日になってドタキャンで待ち合わせ場所に現れなかった者はたしかゼロだ。

いつも云っていることだが、私の当面の目標は「ラジカルな学生運動の再建」である。それなしに革命的激動などありえないと確信している。「学生運動の再建なんてムリだよ」とかいわれることも多いが、もしほんとにムリなら革命展望などないということである。現状に鑑みて難易度がどうであろうと、「学生運動の再建」以外に当面やるべきことなどない。

今回で5回目となる「教養強化合宿」も当然、この課題を念頭に開催している。全国から現役学生を福岡の我が拠点に集め、ラジカルな学生運動を担うに際して最低限必要な教養を10日間(9泊10日。前回までは7泊8日)でツメコミキョーイクするというイベントである。

ただしあくまで私の目論みが「学生運動再建の基盤作り」だというだけであって、参加する学生諸君の側の参加意図がどうであっても構わない。単に純粋に「教養を身につけたい!」ということであってもいいと思っている。実際、とくに文系の学生諸君なら本当は当然知っておかなければならないような知識を伝授するだけだったりするからである。

というのも、“ニューアカ・ブーム”ははるか遠い昔の話になったとはいえ(80年代前半、つまり私だってまだ“活動家デビュー”する以前のことだ)、その時に云々された“ポストモダン思想”の類が今なお文系の諸学問においては必須教養であるはずである。「教養強化合宿」では、とりあえずこの“ポストモダン思想”を(ちゃんと)理解することが目標となっている。

ポストモダン思想の背景には、70年代に至るまで数十年間の左翼運動の悲惨な歴史がある。一見この上なく“正しい”ように思われた左翼思想とくにマルクス主義が、実践に移されるとなぜにこれほどまで悲惨な結果を生んでしまうのか、という問題意識からポストモダン思想は生まれてきた。したがって、ポストモダン思想を(ちゃんと)理解するには左翼運動史を(ちゃんと)理解していなければならないはずである。

そして左翼運動史を(ちゃんと)理解するためには、当然ながらその拠って立つところの左翼思想とくにマルクス主義を理解しておかなければならない。しかもそのマルクス主義は、今ふうに最解釈されたそれではなく、ポストモダン思想が登場する以前に左翼活動家たちが共有していた、今となっては古臭いコテコテの、“正統派”の“マルクス・レーニン主義”でなくてはこの場合は意味がない。

したがって「教養強化合宿」では、まずコテコテの古臭いマルクス・レーニン主義を参加学生諸君にレクチャーする。これは1日でやってしまう。レクチャーは合宿期間中、毎日“9時5時”なんだが、つまり合宿初日の朝からマルクス・レーニン主義の何たるかを解説し始めて、夕方にはおおよそ理解してもらう。文字どおりツメコミキョーイクなのである。その上で2日目、3日目は“悲惨な左翼運動史”を学んでもらう。4日目、5日目に、いよいよポストモダン思想の学習である。

過去4回の合宿は「7泊8日」だったと書いたが、実質的には6日間である。ほんとの初日は夕方集まって、顔合わせがてら飲み会をやって、翌朝起きてからが“本番”なのである。8日目は今度は“朝解散”なので実際はないに等しい。したがって私の“9時5時”のレクチャーがおこなわれるのは6日間だけということになるのである。

これまで最終日の6日目には、それまでの5日間で云い落としたことの補足や、たぶん全国に私よりこのテーマについて詳しい者はほとんどいないはずの“80年代以降の日本の反体制運動史”をレクチャーしていたのだが、やっぱり本当は今の現役学生諸君には、80年代前半までの運動史・思想史よりも現在につながる話のほうにリアリティが持てるだろうに、どうも“おまけ”的に駆け足でザーッと概説するだけで、不完全燃焼感があった。そこで今回から日程を2日間延長して、80年代以降の運動史のレクチャーに本格的に充てる日と、実はもう1つテーマに組み込みたかった芸術運動史・文化運動史をやる日を入れ、その上で“云い落としたことの補足”の日を含めて実質8日間としたのである。

実際ほんとに“役に立つ”合宿だと我ながら思う。実は今の文系の大学教員は、もはや全共闘世代は定年退官してるはずだし、大半は文系のくせに反体制運動に関わった経験がなかったりして、こうしたことを学生に教えることができないばかりか、自分自身もよく理解できていなかったりするのである。これでは何のための大学だか分からないし、存在意味ないんだから、反革命政府が反革命的な意図で文系学部をリストラしようとしているが、別にいいんじゃないかと思ってしまう。

たぶん日本のどんな高偏差値大学の文系学部で4年間学ぶより、私が主催してるたった一週間か10日そこらの合宿に参加したほうが、マトモな教養を身につけられるはずだと本気で思っている。看板に偽りナシ、ほんとに“夏休み(春休み)で差をつけ”て、休み明けには周囲の今どきのバカ学生たちどころか、たいていの教授センセイより優秀になっているはずなのだが、たぶんそのことが誰にも理解されないだろうほどに大学そのものの質が劣化してるし……まあグローバルに勝負するには役に立つかもしれない。

しかも私の合宿、参加費無料なのである。毎回だいたい10人ぐらいの学生諸君に、期間中の食い物と寝場所(ザコ寝だが)はタダで提供している。学生諸君はただ福岡までの往復交通費だけ用意すればいいのである。“教えたいこと”があるのは私の側なんだから、私の側がコストを負担するのは当然だと思っている。