夏休み教養強化合宿に参加している学生諸君は、文字どおり日に日に教養を高めている (外山恒一)


 

 

学生向けの「教養強化合宿」、すでに5日目が終了したところである(8月13日)。

初日(8月9日)の夕方、9名の参加表明者のうち8名が待ち合わせ場所に現れた。内訳は、早大2、日大1、東京外語大1、滋賀大1、阪大1、大阪芸大1、放送大学受講者1(18歳)である。毎回女学生が少ないのだが、今回も女子は1名だ。

初日の夜は、顔合わせの親睦を兼ねた交流会である。合宿参加者以外にも、わが「九州ファシスト党〈我々団〉」の党員たちをはじめ、福岡在住の、私の活動の“界隈”の奇人変人たちがこの初日(と最終夜)の交流会にはやってくる。一昨年の第1回合宿の参加者でもある西南学院大学アナキズム研究会の“議長”M君もやってきた。

深夜、残り1名の参加予定者だった九大生も到着。

マルクス (FOR BEGINNERSシリーズ イラスト版オリジナル 3) 2日目の朝9時から、いよいよ“本番”の座学が始まる。まず“たった1日でマルクス・レーニン主義を理解する”というのが、この合宿での通例となっている。過去4回の合宿では、『フォー・ビギナーズ マルクス』という、1980年に現代書館から刊行されたマンガというか絵解きガイド本をテキストに使用していた。この合宿では、使用するテキストはすべて人数分用意してあり、1人1冊ずつ配布した上で、数十ページを各自黙読、全員が読み進んだところでよく理解できなかった箇所などについて質問を受けつけ、また私の側で補足的な説明を加え、さらに数十ページを各自黙読……という形で座学が進んでいく。

しかし今回は、思うところあって『フォー・ビギナーズ マルクス』の使用をとりやめ、私がオリジナルのテキストを執筆した。構成は『フォー・ビギナーズ マルクス』のそれを踏襲しており、まずマルクスの簡単な伝記、次にフランス革命を起点とする19世紀の社会主義運動史、さらに古代まで遡ってマルクスの“弁証法的唯物論”に至る西洋哲学史、そして『共産党宣言』からの重要箇所の抜粋、マルクス(というよりエンゲルス)が確立した“史的唯物論”による共産主義社会到来の“歴史的必然”性の説明……という順序になっている。が、過去4回の合宿では『フォー・ビギナーズ マルクス』への注釈として私が口頭で喋っていた話をすべて記述に組み込んでしまったので、改めて説明しなきゃいけないようなことがほとんどなく、ただただテキストを読み進めていくような1日になってしまった。記述はさらにマルクス没後の社会主義運動の展開、ロシア革命史……と続いてレーニンの事蹟にまで及んだところで終わる。

もちろん私は頑固な反共主義者でファシストなので、そもそも『フォー・ビギナーズ マルクス』に加える“注釈”はたいてい正統派のマルクス・レーニン主義の考え方を相対化、時には批判するものだったし、今回の自作テキストの記述もそうなっている。また私の好みで、正統派のマルクス・レーニン主義者には評判の悪いブランキやネチャーエフの思想や行動について詳細に解説を加えていたりもする。

ともあれ、参加学生諸君は、マルクス主義にはそれなりの説得力があり、その体系を多くの人々が受け入れ、実践しようとしたのも無理はない、と思える程度にはマルクスおよびレーニンの思想を理解しえたはずである。

8時間近い座学を終え、夕食も済ませた後は、“秘蔵映像上映会”である。最初は肩の凝らないものがよかろうと、90年代初頭の“サブカルの王道”的なTVバラエティ「カノッサの屈辱」のある回を見せた。マルクスの唯物史観のパロディになっている回で、マルクスを学んだ後にはうってつけである。さらに、90年代末のアメリカの傑作“政治的ラブコメ”ドラマ「ダーマ&グレッグ」も何回分か上映した。

中核VS革マル(上) (講談社文庫) 3日目と4日目は立花隆の『中核vs革マル』をテキストに新左翼運動史を学ぶ。それなりに正しいものに思われたマルクス・レーニン主義をいざ実践に移すとどんなに悲惨なことになるか思い知る、という意味合いもある。もちろんこの後さらに“68年の思想”を前提としたポストモダン思想の学習が待っているわけで、党派抗争史を軸に記述されたテキストから離れて、“ノンセクト・ラジカル”が主役だった全共闘運動についての詳細な解説も口頭で付け加えていく。文中に登場する「ジグザグデモ」だの「山猫スト」だの「ピース缶爆弾」だのの用語もいちいち解説する。

『中核vs革マル』は上下2巻本であり、しかも上巻は50年代半ばの新左翼の誕生から60年代の群衆蜂起・大衆暴動的な時代を経て70年代初頭の“テロ・ゲリラ”路線へ、と運動史をそれなりにコンパクトにまとめた内容になっているとはいえ、下巻になると中核派と革マル派がただただ殺し合うだけの話に終始するので、合宿で講読するのは上巻のみである。

そもそも刊行年である1975年より後の展開は書かれていないのだから、そこは私の側で補足するしかない。上巻を4日目の午後まだ早い時間帯のうちに読み終えてしまったので、1975年以降の新左翼運動史はこれまた私のオリジナル・テキストで追った。これは今回のために書き下ろしたものではなく、月刊で出し続けている“紙版”の『人民の敵』に「序章」と「第一章」をすでに公開した「全共闘以後」という文章である。

なお3日目の夜の“上映会”では大川興業の90年代末の本公演「自由自」のビデオを見せた。“革命”の話である。『中核vs革マル』上巻を読み終えた4日目の夜は、鴻上尚史の脚本・演出になる演劇「僕たちが好きだった革命」の上映だ。69年の高校全共闘の闘争の渦中で機動隊によるガス銃の水平撃ちを頭部に受けて意識不明の重体となり、目が覚めると30年経った99年で、すっかり状況が変わってしまった高校に30年前の意識のまま50歳近いカラダで“復学”してみると……というストーリーだ。“中核vs革マル”も物語の背景に織り込まれている。

5日目の今日は、4日目の続きで私が書いた「全共闘以後」を読み進めた。上記のとおり現時点では未完で、80年代半ばまでのノンセクト新左翼運動史、まさに“全共闘以後”の展開を追ったところで終わっている。世間一般にイメージされているのとは違って、80年代半ばまでは総勢数万人の規模で学生運動は持続されていたことをいくつかの史料を引いて説明したものだ。さらに、“中核vs革マル”その他、新左翼諸党派の“その後”についても、これは口頭で概説した。“ナントカ派、カントカ派がどうこう”というのは決して“過去の話”ではなく、そのあたりも視野に入れておかないと、現状認識も、これから何かを始めるに際しての方向の模索も誤ってしまうことを、参加学生諸君には理解してもらえたはずだ。

現代思想の冒険 (ちくま学芸文庫)さらに明日6日目からの、これも過去4回ずっとテキストとして使用している笠井潔『ユートピアの冒険』に進む準備として、竹田青嗣『現代思想の冒険』の、ポストモダン思想について教科書的な概説をした部分を読んでもらった。

夜の上映会では、一時期はよくTSUTAYAにも置いてあるのを見かけた“雨宮処凛主演”のドキュメンタリー映画『新しい神様』を見せた。今回の合宿は、過去4回の“7泊8日”を2日間延長して、80年代半ば以降の若者運動史も詳細にレクチャーしようと考えているので、その準備でもある。最近の20歳前後の世代にとってはゼロ年代後半のフリーター労働運動の高揚も“遠い過去の話”で、“プレカリアートの女神”とさえ称された雨宮氏のことを知らなかったりもするし、存在は知っていたとしても雨宮氏がもともと右翼パンクバンドのボーカルで、その頃の活動を追ったこのドキュメンタリー映画でまずプチ・ブレイクしたということはますます知らなかったりするのだ。

 

 

「教養強化合宿」に参加している9名の学生諸君は、文字どおり日に日に教養を高めている。