「“夏(春)休みで差をつけろ!”学生限定・教養強化合宿」 レポート


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一昨年の夏から学生の夏休み・春休みに合わせて福岡で開催を続けている「“夏(春)休みで差をつけろ!”学生限定・教養強化合宿」の第5回目を、8月9日から18日までの9泊10日の日程で、首都圏4名、関西圏3名、九州2名の計9名の現役学生諸君の参加を得て、今期も開催、無事終わった。終わって丸1日経つが、すっかり疲れきってダラダラしている。

前回は合宿の真っ最中のレポートで、初日の夕方に集合して、顔合わせの交流会をおこない、2日目からいよいよ本番で、まずマルクス・レーニン主義の何たるかをたった1日の“9時5時”の座学でツメコミキョーイクし、3日目・4日目は立花隆の『中核vs革マル』をテキストに新左翼運動史をこれまたツメコミキョーイク、5日目はさらに引き続いてオリジナル・テキストで、『中核vs革マル』の記述以降、80年代半ばまでの新左翼運動史をレクチャーしたところまで伝えた。

6日目の8月14日、この合宿での学生諸君の到達目標に設定されている“ポストモダン思想を「正しく」理解する”課程に入った。新左翼運動の試行錯誤あるいは挫折の末にポストモダン思想は登場するのであり、したがって新左翼の問題意識や実際の運動の経緯・推移が分かっていないと、本当はポストモダン思想など理解できるはずがないのである。

テキストには、推理作家としても知られる笠井潔の『ユートピアの冒険』(毎日新聞社・1990年)を使用した。ポストモダン思想の入門書の類はたくさんあるが、新左翼運動史と絡めて解説しているのはたぶんこの本だけじゃなかろうか。全9章を、例によってテキストを人数分用意し、1章ぶん各自黙読してもらった上で私が解説を加える、というのを繰り返す形式で、翌7日目にかけて消化した。

“9時5時”の座学後、夕食を経て夜の“秘蔵ビデオ上映会”も引き続き開催した。

ブルワース [DVD]  6日目の夜はハリウッド映画を1つ見てもらった。チョー面白いハリウッド映画なのに、レンタル屋にはほとんど置かれていない、1998年のウォーレン・ビーティ監督・主演、『ブルワース』という映画である。

冒頭5分で明らかにされる設定だけ紹介すると、まず場面はブルワースという上院議員の事務所のようだ。深夜でスタッフは誰もおらず、ブルワースが1人で執務室か何かでテレビ画面をボーッと見つめている。ブルワースのキャンペーンCMが繰り返し流れており、どうやら大統領選挙に出馬しているらしい。「福祉予算なんか削っちゃいましょう」と“小さな政府”を実現して税金を減らす、“金持ち優遇”政策を訴えているが、テレビの周りには、若き日のブルワースが公民権運動や学生運動の指導者たちと並んで写る記念写真なんかが飾ってある。

要するに典型的な“ネオコン”という設定なんだが、ネオコンというのはたいてい右転向した元・新左翼であるという“常識”が、日本の観客の多くには伝わらず、したがってこの映画の面白さが理解されず、レンタル屋にも置かれていないのかもしれない。

ともかくブルワースは、自分の過去と現在の落差に自己嫌悪に陥ったということなのか、死にたくなってしまう。かといって自殺する勇気もなく、裏社会の人間に自分の暗殺を依頼する。が、いざ暗殺決行の日になると、やっぱり怖くなって逃げてしまい……ここまでが冒頭5分。どうせ死ぬんだからとヤケになったか、ブルワースは選挙戦で本音をぶちまけ始め、“こじれたリベラル”発言の数々で人気を博し、泡沫候補だったはずがガゼン主要候補に躍り出る。まさに今年のアメリカ大統領選のサンダース&トランプ旋風を予見したような政治コメディの傑作なのだ。

7日目の夜は1986年末の「ニュース・ステーション」の録画映像(もちろんVHSだ)を上映した。フィリピン革命特集の回である。特集が始まる前の通常モードのニュース部分も見てもらった。“防衛費・対GNP比1%枠突破”問題で中曽根首相をディスりまくり、ほとんど“土井社会党”との癒着番組のような趣きである。特集も、独裁者マルコスの私物と化していたフィリピン国営放送の例を引き合いに、「報道が国家権力の広告に堕してはならない」と締めくくられる。当時の「ニュース・ステーション」に比べれば、昨今の学生諸君が“リベラル”あるいは“左派寄り”だと感じていたに違いない「ニュース23」や「報道ステーション」なんぞ、むしろ極右偏向番組だ。“80年代後半”という時代がどれだけ“現在”とかけ離れているか、実感してもらえたと思う。

過去4回の合宿は7泊8日で、つまりポストモダン思想をツメコミキョーイクしたところで終わっていた。今回は変則的に、ここで抜けてもいいし、さらに“2日延長コース”への参加を望む者は残るべし、と事前に告知した。結果としては、9名中8名が残った。離脱した1名は、大学のサークル活動の都合で、もともと7泊8日コースでの参加を希望していた。

 

東京ミキサー計画:ハイレッド・センター直接行動の記録 (ちくま文庫) で、延長初日の8日目は“文化運動史”をレクチャーした。塚原史『言葉のアヴァンギャルド』(講談社現代新書・1994年)でまず20世紀初頭の未来派・ダダ・シュールレアリズムを概観し、戦後日本の前衛芸術史をほとんど1人で展開しきってみせた赤瀬川原平の『東京ミキサー計画』(ちくま文庫・原著1984年)と『路上観察学入門』(同・原著1986年)をつまみ読みし、扇田昭彦『日本の現代演劇』(岩波新書・1995年)で新左翼運動史とアングラ演劇史の連動を確認し、さらに寺山修司の“市街劇”のさまざまな試みを知ってもらった。“ゲスト講師”に我が「九州ファシスト党〈我々団〉」が擁する優秀な芸術理論家・東野大地センセイを招き、時々口を挟んでもらった。

この日は来客があって夜の上映会ができない予定だったので、代わりに、昔レンタル屋で借りてダビングしといた、たぶん1980年頃の、タモリを中心に赤塚不二夫や山下洋輔や三上寛その他が、さまざまな芸を披露したり、70年代の交遊関係について語り合ったりするビデオを、昼間のうちに上映した。

 

JUNKの逆襲 実質最終日となる9日目は、まず午前中にスガ秀実が2000年前後に書いた短い文章をいくつか読んでもらった。スガ秀実の文章は、必要な教養がなければ読んでもチンプンカンプンであるはずだが、教養があればこれほど刺激的なものはない。マルクス主義を理解し、新左翼運動史を理解し、ポストモダン思想を理解し、前衛芸術史を理解した参加学生諸君は、もうたいていのものは独力でも読めるはずである。スガ秀実の難解きわまりない文章だって頑張れば読める。論文・エッセイ集である『JUNKの逆襲』(作品社・2004年)などから、主に大学問題を扱った文章を5、6篇選んだ。いずれも、合宿に参加している学生諸君が今まさに身を置いている不毛この下ない現在の大学の状況が、本格的に始まった頃に書かれた文章である。

午後は口頭で“80年代半ば以降の運動史”をレクチャーした。“全共闘以後”も若者の運動は約10年周期で高揚している、というのが私の持論である。ただ80年代半ば以降のそれは、担い手は学生であったりなかったりするが、闘争の舞台は大学ではないことがほとんどである。本来はポストモダン思想やサブカルチャーのブームと同時に70年代後半に登場して並走すべきだった“軽薄短小”な政治運動(保坂展人の反管理教育運動とか辻元清美のピースボートとか)が、80年代に入ってから、つまり5年ほど遅れて登場してしまい、それらに感化された年少者たちがその影響圏を離脱して“日本の89年革命”の最左派部分を担う、という巧著(せっちょ)『青いムーブメント』(彩流社・2008年)で89年段階まで記述した運動史を、90年以降の消息まで含めて語った。

さらに90年代後半の「だめ連」や「メンズリブ東京」や「法政大学の貧乏くささを守る会」その他の“脱力系”の諸運動、2001年の9・11テロを機に急に政治づいたサブカル勢の動向、2000年代後半の「フリーター労組」や「素人の乱」などの“プレカリアート”の諸運動、2011年の“3・11”以降の新展開、そして他方で「在特会」を含む“右傾化した若者たち”の系譜……と語りたいことはたくさんあったのだが、私自身が深くコミットした80年代後半の運動史について詳しく語りすぎて、90年代後半以降については文字どおり“ざっと言及”するにとどまってしまったのが心残りだ。

打ち上げを兼ねて、最終日は深夜まで宴会。10日目となる8月18日の朝、学生たちはそれぞれの持ち場へと散っていった。

第6回合宿は来年3月中旬の開催予定である。