サンダースにはがっかりだ  ・・・リベラルってほんとダメ


サンダースにはがっかりだ。

ファシストというのは、創始者のムソリーニからしてそうであるように出自が左翼なものだから(ムソリーニは元々はイタリア社会党の極左派指導者。他にもフランスのジャック・ドリオ、イギリスのオズワルド・モズレーなど、戦間期の各国の代表的なファシストには“元極左”を含む左翼出身者が多い)、私も元左翼の血が騒いで、今回のアメリカ大統領選の中盤(?)の“サンダース旋風”についつい心ときめかせてしまったが、不覚だった。

とはいえ、奇跡的に“面白い”選挙だった。常々公言しているとおり私は“選挙そのものに反対”の反民主主義のファシストだし(ファシズムも色々で、ムソリーニのファシズムは自由主義的で反民主主義的、ヒトラーのナチズムは民主主義的で反自由主義的だ)、少なくとも私自身は今後も“選挙によらない”日本ファシズム革命を目指すが、さっすが先進国アメリカはどこぞの後進土人国家とは違って多少は言論の自由があるし、既存の体制秩序には許容されてこなかった政治的立場が、人民の熱狂的支持を背景に国政を揺るがす勢力にまで成長することが今でもあるようで、まさにアメリカン・ドリーム、うらやましいかぎりである。

周知のとおり(実はちっとも“周知の事実”ではなく、アメリカで今回トランプを支持したような層に対応する知的中流・下流の日本人のほとんどは知らないことだと思うが)、当初は“泡沫”扱いだった候補者が旋風を巻き起こしたのは、結局は本当に大統領にまでのし上がってしまった共和党のトランプだけではなく、民主党の大統領候補選びでは“社会主義者”を自認するサンダースが、あわやというところまでヒラリーを追い詰めた。サンダースもトランプ同様、これまでアメリカを支配してきた“既得権益層”、“エスタブリッシュメント”を徹底的に批判し、またやはり同様に“反グローバリズム”を掲げて、若い民主党支持者のほとんどはヒラリーではなくサンダースに熱狂していた。

トランプ支持者もサンダース支持者も、その中核を成すのはグローバル資本主義・新自由主義、要は“剥き出しの資本主義”の下では夢も希望も見いだせない人々である。そうした共に経済的には下流に属する人々のうち、知的にも下流に属する人々がトランプを支持し、知的には上流に属するとくに(日本で云われるところの“高学歴ワーキングプア”的な)若者たちがサンダースを支持した。古い左翼用語で乱暴にくくると、前者はルンプロ(ルンペン・プロレタリアート)、後者はプチブル(プチ・ブルジョアジー)、資本主義社会を構成する2大階級である労働者階級(プロレタリアート)と資本家階級(ブルジョアジー)からそれぞれ脱落してしまった人々ということになろう。

不思議なことに民主党の大統領候補選びよりも共和党のそれの方が(人民の熱狂をスピーディに反映するという意味で)“民主的”で、日本で例えれば民進党の党首選で“サポーター票”が国会議員票と比較してそれなりの重みを持っているような仕組みらしく(もちろん日本の民進党首選では“サポーター票”などおそらくアメリカ民主党のそれ以上に二束三文である)、共和党ではトランプが大統領候補の座を獲得し、サンダースは民主党の大統領候補になれなかった。

“サンダース旋風”、“トランプ旋風”が民主党・共和党の双方で吹き荒れていた時期、私は、「サンダースvsトランプならサンダース支持だし、ヒラリーvsトランプならトランプ支持だ」とtwitterなどで表明していた。

そのスタンスは現在でも基本的には変わらない。我々ファシストは(ナショナリスト=フツーの右翼と共闘する立場なんだから当然)反グローバリズムを現下の情勢における重要なテーマの1つと考えているし、しかし我々ファシストは(基本的にインテリだし)レイシズムには同調できないので、同じ反グローバリズムならトランプではなくサンダースの方により好感を持つ。しかし、選挙用のアメとして口先でどう云おうがヒラリーは明らかに、これまでグローバリズムを推進してきた“エスタブリッシュメント”の一員であり、それを打倒してくれるんならここはもうトランプでもかまわない、と考えるのがファシストの良識というものである。

かえすがえすもサンダースにはがっかりである。

トランプが勝ったから云うのではなく、どっちが勝つにせよ本選が大接戦になることは“ヒラリーvsトランプ”の構図が決まった時点で分かりきっていた(私はマスコミを、とくに日本のマスコミをまったく信用していないので、日本でフツーに報道されているほどにはトランプは劣勢ではないだろうと思っていたし、まさにフタを開けてみなければ分からないという程度には“トランプ勝利”の可能性にも、まあ多少は希望的観測でありつつ、期待していた)。

サンダースには“リベラル”の限界を見せつけられた。

本気で現状の変革を望んでいるのなら、サンダースは候補選に負けた時点で、トランプの側につくべきだった。そもそもサンダースが“いさぎよく”ヒラリーの側についたところでヒラリーが勝つかどうか分からない(実際勝てなかった)のに対し、サンダースがトランプ支持に回れば、その時点でトランプの勝利は確定していたはずである。勝てるかどうか分からなかった(実際に大接戦だったわけだ)トランプは、勝利を確実にしてくれたサンダースに感謝しただろう。“トランプ政権”に対して発言力を確保し、自身の政策をある程度は反映させることも、あるいは容認できないレイシズム的な政策へのブレーキ役となることもできたはずである。そもそもトランプは、レイシズム的な発言が目立つ以外では、社会福祉の充実など、むしろ“左翼っぽい”主張をしており、サンダースが組もうと思って組めない相手ではないのだ。

ファシズムというのは、ブルジョア階級から脱落したプチブルが、プロレタリア階級から脱落したルンプロと手を組んで、体制秩序の維持に汲々とするブルジョア本隊とプロレタリア本隊の共犯構造を打倒することを目指す革命思想である、とも云える。もちろんその場合、プチブル・インテリがルンプロ大衆を指導する形になるのが望ましく、今回で云えば、サンダースが民主党の大統領候補となり、トランプは共和党の大統領候補にはなれず、ルンプロ大衆の代表たるトランプがプチブル・インテリの代表たるサンダースを支持する構図となるのがベストだったが、サンダースがトランプを、つまり良識あるプチブルが粗暴なルンプロを“補佐”するのもそう悪くはない。

ところがサンダースは、こともあろうに“ヒラリー支持”に回った。がっかりを通りこしてゲンナリである。もちろんそれはサンダースがファシストではなくしょせんリベラルにすぎないということからくる当然の選択ではあろう。ファシストというのは本当はトランプのようなキャラクターを云うのではなく、“トランプと手を組むことも辞さないサンダース”がもしあり得たとして、そういうキャラクターを指すべき言葉である。既存の体制秩序の維持を図る“保守”勢力をまずは打倒しなければならない局面なのに、ファシスト(右か左かはともかく“ラジカル”派)ならぬ“しょせんリベラル”のサンダースは、“保守vs反動”という構図になると(トランプが“反動”であることは云うまでもないが、“エスタブリッシュメント”の一員であるヒラリーが“保守”であることもまた本来は云うまでもない)、コロッと“保守”の側についてしまう。リベラルどもの本気度、変革への情熱など、しょせんその程度のものなのだ。

そんなことだからサンダースはヒラリーごときに勝てなかった、とも云える。

逆にもしトランプが共和党の大統領候補になれず、サンダースが民主党の大統領候補となっていた場合、トランプはどうしただろうと妄想する。少なくとも、コロッと態度を変えて“エスタブリッシュメント”の共和党候補の応援に身をやつすことだけはなさそうに思う。むしろ自らの支持者たちを、共和党の候補にではなくサンダースに投票するように煽動しはじめた可能性の方が高いように思われるし(“トランプ陣営”の日本語ができるスタッフに読まれることが万が一にもあればと思って、私は、ヒラリーに対してトランプの劣勢が伝えられていた時期に、「私がトランプならどうせ断られるのを見越した上で『サンダースを副大統領に指名したい』とか云って民主党支持者を動揺させてみる」とtwitterで“アドバイス”してたりする。実際トランプは、サンダースの敗退に落胆していたサンダース支持者たちに自分への支持を訴える程度のことは盛んにやっていた)、そのくらいの“暴挙”にうって出ても不思議ではないほど破天荒で八方破れなイメージの獲得には成功しており、だからこそトランプは共和党にとってさえ脅威だったし、実際どうかはともかく“本気”であるように見えて人民を熱狂させ続けた。共和党の候補者となってなお共和党をますます分裂させてしまうトランプと、民主党の候補者になれなかったくせに民主党の分裂修復・団結回復に貢献してしまうサンダース……。

リベラルってほんとダメだ。