千坂恭二の緻密なファシズム論 ・・・ああ先達はあらまほしきものなり 


 

 

支援者向けの月刊誌『人民の敵』の第26号が出たので以下、宣伝を兼ねて書く。

今回はまず、『日本会議の研究』(扶桑社新書・4月)のベストセラー化で一躍“時の人”となった感のある菅野完氏、日本国体学会理事で亜細亜大の講師も務めている政治学者の金子宗徳氏、そして一昨年の都知事選での“舛添サンほめご…いや大絶賛キャンペーン”に際しての名人芸級のアドリブ街宣でもおなじみの「維新政党新風」若手活動家・山本和幸君という、“右翼方面”の3名の友人知人との東京での歓談テープ起こしが“コンテンツその1”である。主に菅野氏と金子氏とをお引き合わせすることを目的に、すでに双方と(菅野氏とは“反原発右派”つながりで、金子氏は私が編集した“反体制右翼マガジン”『デルクイ』の執筆者でもあり)面識のあった私が7月にセッティングしたのだが、あろうことかまさにその当日、例の“陛下、生前退位の御意向”の第一報が流れ、揃いも揃って熱心な尊皇家3名は「陛下の心中いかばかりか」と沈痛な面持ちとなり、うっすら尊皇家ではあるもののナショナリストではなくファシストなんで蚊帳の外で暮らしている私だけが平常モードという、ヘンなテンションでの歓談になってしまっている。

“コンテンツその2”は、後述するように関西在住の大先輩格の過激思想家・千坂恭二氏との歓談テープ起こしである。
そして“コンテンツその3”として、先日ココでも紹介した私の書き下ろし原稿「マルクス主義入門」の第4回にして完結篇が掲載されている。

四百字詰原稿用紙換算で約170枚、毎度のことながらよくもまあこれだけの分量のテープ起こしからレイアウト編集、印刷、製本、発送とほぼ独力で続けているものだと我ながら感心すると同時に、なぜ毎月1回だけ私にワタミかどっかでオゴる程度の金銭負担で“購読”しようという者がこんなに少ないのかいぶかしく思う。

 

 

さて千坂恭二氏である。

私が千坂氏と初めてお会いしたのは2007年、つまり私が都知事選に出馬した年で、たしか選挙はすでに終わって何ヶ月か経ってからのことだったと思う。きっかけは、都知事選そのものとはあんまり関係がない。

赤軍派始末記―元議長が語る40年 前年の2006年夏ごろから、私は都知事選出馬を念頭に、頻繁に九州から上京し、出馬に際しての協力者を見つけるためもあって、なるべくいろんな場に顔を出すようにしていた(中川文人氏と知り合ったのもこの時期だ)。そして年末、誰に誘われたんだったか(中川氏ではなかったと思う)、元・赤軍派議長の塩見孝也氏が主催する忘年会なんてところにも顔を出した。塩見氏とは、やはりこの都知事選出馬の準備期に、雨宮処凛氏が司会を務めるネットTV番組に共に出演してすでに面識は得ていた(雨宮氏とは、まだ私のファシズム転向前の2001年ごろ、やがて“2年間の獄中生活”を結果する裁判闘争を、雨宮氏が世に知られるきっかけとなった99年のドキュメンタリー映画『新しい神様』の監督・土屋豊氏が取材にきたのを機に早々に知り合っていた)。

が、塩見氏が「ファシスト」なんぞ自称してるキワモノ活動家に好感を持ったはずがない。“塩見忘年会”では隅っこの方でおとなしく飲んでいたのだが、やがて塩見氏は私に気づいて、「ファシストなんか呼んだ覚えはない。帰れ!」と云い放った。帰るのはいいが、さすがに一言ぐらい云い返してやろうと口を開きかけた時、会場の別の隅から声が飛んだ。「ファシストの何が悪いんだ。オレだってファシストだ。だいたい右翼の鈴木邦男は呼んどいて(もちろん鈴木氏は会場におり、塩見氏と仲良く飲んでいた)、ファシストはダメだというのは筋がとおらんじゃないか!」

塩見氏はモゴモゴ……となってその場はそれで収まったのだが、忘年会の後半、私はその発言の主と語り合うことになった。千坂氏と初めて会ったのは翌2007年のことだと述べたとおり、もちろんこの時の「ファシスト」氏は千坂氏ではない。千坂氏の長年の友人であるというK氏である。全共闘当時は解放派の活動家であったという。

K氏は、私が初めて出会った自分以外のファシストである(古くからの友人である佐藤悟志氏はファシストを自称しているだけで実際はネオコンであってファシストではない、と私自身がファシズム転向した時点で理解した)。話してみると、私のそれとほとんど同じようなファシズム理解の上でファシストを自称しているようで、もちろん大いに盛り上がって、話が尽きず、後日もう一度あらためて会うことになった。2回目は、K氏の自宅にまで招かれた。そして、当時はまだそれほど広まってはいなかっただろうスカイプとやらで、K氏は大阪に住んでいる古い友人だという千坂氏に連絡し、私もこの時に音声だけで千坂氏と短い交流をした。「大阪に来たら連絡を」という千坂氏の誘いに甘えて、翌2007年の夏だか秋だかに大阪でついに直接お会いすることができた。

当時すでに私もかれこれ20年近い活動歴を持つそれなりにベテランの過激派だったし、70年代に千坂恭二というアナキズムの論客がいたらしいことは、もともとおぼろげに知ってはいた。だがもちろん、名前にちょっと聞き覚えがあるという程度で、どういう人で、かつてどういうことを云い、その後どうしているのかはまったく知らないに等しかった。

会って話し込んでみると、K氏と初めて遭遇した時以上のショックを受けた。私がオリジナルに考えついたと思っていたことが、すべてとうの昔にもっと緻密に、千坂氏によって語り尽くされていることを知らされたのである。

思想としてのファシズム 私のファシズム論は、2003年に獄中で読んだムソリーニのブ厚い伝記(藤沢道郎『ファシズムの誕生』87年・中央公論社)をほとんど唯一のよりどころとして、“一を聞いて百を知る”現国の天才的な能力を武器に、「きっとこういうことであったに違いない」と力技で組み立てたものである。ファシズムは実はアナキズムの変種であること、新左翼とくに全共闘は無自覚なファシズム運動だったこと、その“プレ・ファシズム”性を自覚できず肯定できなかったために全共闘運動は70年の「華青闘告発」を機にポリティカル・コレクトネス路線への転換を余儀なくされたこと……などの認識にも私は千坂氏を知る以前に自力で到達しており(私のサイトにあるファシズム論のほとんどはファシズムへの獄中転向を経ての出獄後まもない2004〜05年に書かれたものである)、そのことは私にとって誇りでもあるのだが、なにせ千坂氏と私とでは年季が違う。若者はどんどんバカになっていて、例えば20歳時点での平均的な知的教養レベルも、我々“89年世代”は後続世代よりずっと上だったが、それでも“68年世代”のそれと比べれば話にならんぐらい低い(それぞれの時期の“20歳そこそこの論客”たちの文章を読み比べてみれば分かる)。もともとベースに差がある上に、千坂氏は80年前後を境に20年以上も読書三昧の“隠遁生活”を続けていて、ほとんど同じ結論に達しているといっても私の場合は単に直感で云ってるだけ、千坂氏には膨大な文献の裏づけがある。私のファシズム論は大雑把だが、千坂氏は緻密である。

ああ先達はあらまほしきものなり、私は大いに恐れ入って、以来、何度となく千坂氏に教えを乞いに大阪まで足をのばしている。

ファシズム論を含め政治的・思想的な方面については(面白いし支持するしベースにある天皇観にも異論はないが、どうも右翼をファシズムに誘惑するための方便的レトリックにすぎないようにも思えて留保している、「日本は天孫降臨以来の革命国家である」という“神武革命論”の部分を除いて)もちろん見解が一致している上に、千坂氏にますます共感するのは、そのミもフタもない“ぶっちゃけすぎ”な姿勢においてである。そういう部分まで「そうだそうだ!」と盛り上がれる相手というのは非常に少なくて、千坂氏と話しているとムヤミに楽しい。それは例えば、今回の『人民の敵』第26号では、以下のような発言として飛び出す。

「保守と社民がちゃんと世の中を微調整的にメンテナンスしてるからこそ、過激派もそういう中途半端なメンテナンス路線を批判してメシを食ってられる」

「過去の例を見ても、革命で理想的な社会ができた試しがない。革命後の社会は、どれもこれも陰惨なものばっかりだ。しかし革命というのは、〝結果〟でその是非を判断すべきものではないんだよ」

「〝現実的な成果〟なんてどーだっていいんだよ。将棋盤を引っくり返す快感が革命なんだから。そうでないと、将棋に強くならなきゃいけないじゃないか。将棋盤を引っくり返すんなら、努力なんか必要ないもん。将棋の勉強なんかせずに、ただバーンと引っくり返せばいい」

「アメリカ思想の根幹にあるのは〝正義論〟でしょ。〝正義論〟というのは『革命をやらなくても社会を変えることはできる』という議論だよ。それに対してこっちは、『〝正義〟なんてどーだっていいんだ、革命をやらなきゃいけないんだ』と云わなきゃいけない。つまるところそれは〝軍事〟ということになる。革命ってのは結局、軍事だと思う。問題は〝政治か軍事か〟なんだ」

「将棋に勝つ方法なんてのは〝政策〟の話であって、将棋盤を引っくり返す方法を考えるのが〝軍事〟だよ。将棋を指してる相手に将棋で勝つのではなく、まず将棋盤を引っくり返す。そしたら相手が怒る。それを飛びかかってヘッドロックして、『参ったと云え!』っていうね」

もちろん私と千坂氏はとてもマジメに議論している。政治について、思想について、歴史について、あるいは貧困や差別などの具体的な社会問題について、天皇制について、領土問題について、都知事選について、在特会やしばき隊やシールズについて、超マジメに語り合っている。その合間合間に、私の口からも千坂氏の口からも、時々こういう“ぶっちゃけ発言”がポロッと出る。そこがまた何とも云えず楽しい。

『人民の敵』での歓談はすでに今回で6度目となる。過去のコンテンツ一覧も参照されたし。