意識高すぎる学生が九州ファシスト党本部に結集 ・・・春休みで差をつけろ!第6回「教養強化合宿」レポート


第6回「教養強化合宿」が終わった。

“夏休み(or春休み)で差をつけろ!”をキャッチフレーズに、参加者を現役学生(高校生・浪人生・大学院生等も含む)に限定し、2014年夏のそれを第1回として、学生諸君の長期休み期間に合わせる形で8月と3月に開催し続けてきたものである。当初は7泊8日、昨年8月の第5回から9泊10日で、とくに人文系の学生であればべつに左右の“活動家”でなくとも当然知っておかなければならない、しかし東大をはじめとする日本のFラン・ポンコツ大学では身につけることができない、左翼運動史に関する基本教養を、期間中毎日“9時5時”の座学によるツメコミキョーイクで参加学生諸君に叩き込むという、誰に頼まれたわけでもないのに(or革命の神様か何かからの指令が聞こえたような気がして)日本の高等教育の欠陥を地道にコツコツと個人的に埋める企画だ。参加学生諸君から参加費などは徴収せず、逆に期間中の食費等もこっちが全額負担して、学生諸君はそれぞれの居住地から福岡までの往復交通費のみ自己負担すればよいという、まっこと功徳・善行の見本、いつか死んでも地獄でマルクスやレーニンやカストロ先輩らと相まみえることなど、よもやあるまい(私が一番好きな、カストロ先輩の名ゼリフ「私は死んだら地獄に堕ちるだろう。そしてそこでマルクスやレーニンに会うだろう」)。

もちろん私としても、そりゃまあ参加学生諸君が左右のリッパな活動家となってくれればそれに勝る喜びはないとはいえ、べつに急にそこまでの成果を期待しているわけでもなく、単に“最低限の教養”を身につけ、“優秀な学生”となって全国に散ってくれればそれで満足なのである。このたった9泊10日の合宿を体験するだけで、日本のFラン諸大学ではいきなり抜きん出た超優等生になれることは間違いないので、自然とそれぞれの周囲の畜群学生どもを感化・善導してくれれば、世の中も少しはマシになるかもしれない。

3月1日の夜、12名の“意識高すぎる系”学生諸君が、合宿場所である福岡市内某所の九州ファシスト党本部に結集した。実は1月下旬の参加者募集告知以来、一時は16~17名ほどにまで申込者が増え、ヤベエよそんなに布団ねえよと内心ドキドキしつつ、どうせ直前でドタキャンしてくる奴も何人かいるに違いないとタカをくくって全員に「歓迎します」と返信していたのだが、結果的にはちょうどいいアンバイになってホッとした。もっとも初日夜の歓迎交流会と称する飲み会を経て一夜明けてみると、人疲れしたのか、「精神的に辛くなってきたので辞退します」と云い残して本番開始前に去っていった人がいたので、実際には11名での合宿となった。

内訳は、早大2、聖学院大1、高崎経済大1、京都産業大1、京都精華大1、大阪芸大1、九州大1、西南学院大2、そして福岡県立某高校1である。欲を云えば1人ぐらい秋田とか高知とか島根とかいった明後日な方向からも来てほしかったが、とりあえず地域バランスは関東4、関西3、地元福岡4と非常に良い。男女比率もこれまでは8、9人中1人とかで女子参加者には肩身の狭い思いをさせていたんじゃないかと心苦しかったのが、今回は男子8名女子3名と、これまた私の感覚ではちょうど良い感じになった。

初日は、第4回まではエドワルド・リウス『フォー・ビギナーズ マルクス』(現代書館・80年訳刊)をテキストに、マルクス主義の何たるかを丸1日で理解してもらっていたが、前回からは、そのリウスの解説手順をそのまま踏襲しつつ、余計な脱線部分は省き、突っ込みの足りない部分を補足した、自作のテキストを用意し、それを少しずつ読み進めながら適宜解説を加えていく、という形式を採用している。

夕方、ちょっと時間が余ったので、90年代初頭にフジテレビが深夜にやっていたインチキ教養コメディ番組『カノッサの屈辱』から、90年10月の第22回「デート資本主義の構造」を上映した。構成が“唯物史観”のパロディになっていて、古典的なマルクス主義を学習した上で観ると面白さも倍増するし、こんな、本当に面白がるためには一定の教養が必要となるような番組が深夜とはいえ地上波でテレビ放映されるという、“教養の崩壊”以前の日本社会の雰囲気を今の学生諸君に想像してもらうという目的もある。

さらに、VHS時代にはレンタル屋の“お笑い・その他”コーナーに置いてあった、92年発売のビデオソフト『タモリ 深夜の大狂宴』も続けて観てもらった。これまた『すばらしき仲間』というTBSテレビの深夜番組での、タモリ、赤塚不二夫、山下洋輔、三上寛らによる座談を収録したもので、タモリと三上寛のモノマネによる“寺山修司どうしの対談”とか、“保守系の田中角栄と革新系の田中角栄の討論”とか、“即興によるアングラ演劇”とかいった、バカバカしくも観る側に一定の教養を要求するさまざまな“芸”が披露される。

……前回までは、食事に関しては、朝食は、用意してある食パンを焼いてトーストにするとか、あるいは米を炊いて卵とか納豆とかレトルトカレーとか、各自それぞれ済ませてもらい、昼食と夕食は参加者たちで当番制を敷いて調理してもらう、という形だったが、調理に毎回かなりの時間を割かれてしまうのがもどかしく、今回は合宿期間中ずっとスタッフS嬢に常駐してもらって昼食・夕食は全部任せることにした。

それでだいぶ時間的余裕もできるし、夕食後はまた毎晩2時間ほどビデオ上映会をやるという、昼も夜もひたすらツメコミキョーイクという体制が強化された。

初日の夜は、これまたほぼ恒例になっているのだが、99年から02年にかけてNHKテレビで、たしか『お笑いオンエアバトル』の後に続けて日本語吹き替えで放映されていたアメリカのコメディ・ドラマ『ダーマ&グレッグ』、1話20分ぐらいのやつを、傑作選的に4、5話ぶんを選んで上映した。若い男女が街でばったりスレ違って一目惚れし、勢いでその日のうちに結婚してしまうんだが、男(グレッグ)のほうは超ブルジョア家庭の御曹司で仕事も検察官とかで、女(ダーマ、つまり仏教で云う“法”、ダルマである)のほうはヒッピーのコミューンで育てられたという、要するにそんな2人が突然結婚したために、価値観をまったく異にする双方の家族や友人を巻き込んだドタバタが毎回展開されるというドラマである。“共和党vs民主党”的な“アメリカ社会の分断”をお笑いのネタにしてしまうという、なんだかんだ云っても“さすがアメリカ!”な傑作なんだが、こういう面白さは我がFラン国家のGラン国民には理解されないようで、日本ではDVD化も全5シーズンのうち第2シーズンまで、レンタル屋に置いてあるのは第1シーズンのみという文化的不毛ゆえ、今では“知る人ぞ知る”マニアックなドラマと化している。

2日目からは、まず“9時5時”の座学では、過去5回と同様、立花隆『中核vs革マル』(75年・講談社文庫)の上巻をひたすら読み進めていく。つまり“新左翼運動史”の学習だが、立花のテキストはあくまで中核派と革マル派という新左翼2大党派の抗争を軸にしているので、そこから漏れる重要事項は適宜、私が口頭で補足していく。そういう難点はありつつ、やはりこれ以上の、初心者向きの新左翼運動史の入門書が、以後40年以上を経て未だに書かれていないというのは大問題だと思う。同書の中で、両派がそれぞれどうして物事をそんなふうに考えてしまうのか、という点はそもそも古典的マルクス主義(マルクス・レーニン主義)とはどういう考え方なのかを理解していなければ理解不能で、だから初日にまずは“マルクス・レーニン主義の何たるか”をツメコミキョーイクしておくのである。

2日目の夜は、たしかハリウッド製の政治コメディ映画『ブルワース』(98年)を上映した。以前ブログでも紹介したが、昨年のアメリカ大統領選での“サンダース旋風”や“トランプ旋風”を予見したような内容である。これまた「さすがアメリカ!」な秀逸な政治的笑いなのだが、やはりこのYラン国家のZラン国民どもには理解できないようで、一時はそこらへんのレンタル屋にも置いてあったが、回転率が悪かったのだろう、今ではほとんど見かけなくなった(たぶん県に1コぐらいの巨大ツタヤとかになら置いてあると思う)。

3日目は引き続き立花隆『中核vs革マル』上巻である。たしか午前中に読み終わってしまった。下巻は両派がただひたすら殺し合うスプラッター描写が延々続くだけなので割愛して、“続き”が気になる人は各自読んでください、ということになる。午後は、これまた前回までは単に口頭でやっていたのだが、今回からはオリジナルの資料を用意してそれに解説を加える形で、私の“独自研究にもとづく”中核・革マルをはじめとする諸党派のとくに内ゲバの“その後”を学生諸君にツメコミキョーイクした。最終的にはこの2017年現在にまで話は及び、今をときめく某ブラックNPOの存在が実は“中核vs革マル”のある種の現在進行形の問題なのだという衝撃的な結論が提示される。90年代後半生まれ、00年代生まれの学生諸君にとって、ナントカ派とカントカ派の抗争なんてのは遠い過去の話、自分たちの世代とはカンケーのない話だと思っていたかもしれないのが、ここで突然、“今の話”につながるわけだ。学生諸君はみなキョーガクしていたが、とくに女子1名は、「実はこのNPOに近々参加する気でいました。危ないところでした。この合宿に参加して本当によかったです」としみじみ語り、私はますます善行を積めたようで大いに満足した。もし仮に、それまでの歴史的経緯を抜きにその某ブラックNPOについてあれこれ云ったところで、単なる誇大妄想のように思われてしまうだろう。マルクス主義の何たるかを学び、“中核vs革マル”を軸に新左翼運動史を詳細に学んだ上で、いよいよ某ブラックNPOの話に及ぶからこそ、聞く側も説得力を感じ、その恐ろしさも抽象的あるいは都市伝説的なものとしてではなくリアルに実感できる。親や友人に「そんなヤバそうな合宿に参加するな」と止められてドタキャンした参加予定者が何人かいたが、彼ら彼女らがもし今後その某ブラックNPOに参加してしまうようなことでもあれば、それはそのアサハカさな親や友人たちのせいである。

3日目の夜はたしか、90年代半ばにNHKスペシャルの中のシリーズ企画(アメリカABCとの共同製作)として放映された「映像の世紀」全11回のうちの第9回「ベトナムの衝撃」の上映会をおこなった。“68年”を頂点とする若者たちのさまざまな運動の盛り上がりが描かれた回である。

4日目からは、前日まで学習した新左翼運動史を踏まえた上での“ポストモダン思想”の学習に突入する。新左翼運動史、とくにその負の側面についての理解なしにポストモダン思想を理解することなど不可能なはずで、つまりポストモダン思想がどうして一見ああいうワケの分からん問題意識であれこれムズカシイことを論じ合っているのか、そのモチベーションが新左翼運動史を理解していなければ意味不明なはずなのである。もちろん日本の文系アカデミズムの世界でもポストモダン思想はほとんど“前提”になっており、大学教員や学生たちもそれっぽい言葉遣いであれこれ論じ合っちゃいるが、そもそも私と同世代ぐらいになると教える大学教員の側でさえ新左翼運動史に関してほとんど無知なのだから、それらはおしなべてトンチンカンな議論にしかなりようがない。日本の大学が東大を含めてすべてFランだと私が云うのはそういう意味である。“サブカルチャー研究”などもそうで、日本の新左翼運動の70年代以降の悲惨な展開があって初めて80年前後の日本特殊な形での“サブカルチャー”が隆盛するのであって、この脈絡が分かってない連中の“サブカルチャー研究”など最初から価値ゼロなのである。

前回までは、このポストモダン思想篇では、主に笠井潔『ユートピアの冒険』(毎日新聞社・90年)をテキストに使用した。ポストモダン思想の入門書のうち、新左翼運動史との関連をきちんと説明しているものがほぼこれしかないからである。今回もまあそうなんだが、説明が抜けている領域も多いので、『ユートピアの冒険』に進む前に予備段階を設けた。

まず私の自作のテキスト、紙版『人民の敵』の第16号に掲載した“単行本用未発表原稿”である「全共闘以後」第一章を学生諸君に読んでもらった。80年前後のサブカルチャー運動についてその意義を概説し、またその隆盛の裏面で同時進行していた“全共闘直系”のノンセクトラジカルの学生運動の衰退の経緯を辿ったものである。さらに竹田青嗣『現代思想の冒険』(87年・ちくま学芸文庫)から、構造主義とポスト構造主義について概説した章だけを抜粋する形でテキストに使用した。笠井のテキストでは構造主義についての説明は割愛されているし、またポスト構造主義についても主にボードリヤールとドゥルーズ=ガタリが取り上げられているだけなので、“その他”の部分を竹田のテキストで補った次第である。ただし前述のとおり、竹田のテキストではそれらポストモダン思想=“フランス現代思想”と新左翼運動史との関係はほとんど書かれていないので、学生諸君の多くにとってはやはり、字面の論理は分からんでもないがそもそもなんでそんなことを論じるのかが分からん、ということになるはずである。まあ、竹田のテキストでポストモダン思想ってのをとりあえず表層的に理解してもらおうというわけだ。

夜の上映会は、4日目は、レンタル屋とかには置かれていない演劇DVD、鴻上尚史の作・演出による『僕たちの好きだった革命』(07年)である。大傑作ではあるがかなり重大な欠陥もあり、そこらへんは過去に別のところ(「私たちの望むものは…あなたを殺すことなのだ」、「僕たちはクラスメイトじゃねえよ」)で論じた。その時に「1969年、自主文化祭の開催を要求する高校全共闘の校内集会に機動隊が導入され、1人の参加者が機動隊の発射したガス銃を頭部に受けて意識不明となる。目を覚ますと、30年が経過していて1999年。もう一度同じ高校に復学して、時間が止まった地点から生き直すことにしたものの、何かというと“クラス討論”を提起し、『だって僕たちはクラスメイトじゃないか』と口走る彼は当然、浮きまくる(1人だけ明らかにオッサンなんだし)。しかし奇しくもそこに文化祭の運営をめぐって一部生徒と学校当局が対立しつつある状況が。生徒たちを弾圧する役目を担う教頭が、かつての闘争のリーダーだったりして……」と設定を紹介しているが、まあ、“全共闘運動への好意的誤解”にもとづく作品である。

実は4日目の午後から、いよいよ笠井潔『ユートピアの冒険』にすでに突入していて、5日目にかけて1日半で丸々1冊を読み進むことになる。立花隆の『中核vs革マル』では諸党派の運動の変遷を辿ることに重きがおかれていたが、全共闘運動を含む“68年”の高揚は党派に所属しない一匹狼的な過激学生たちが中心的に担う“ノンセクトラジカル”の運動であり、それ以前の、マルクス・レーニン主義的な“前衛党”に率いられるのではない、ノンセクトラジカル主導の“68年”的な革命運動を正当化する文脈でポストモダン思想は登場してくるのだ、ということを学生諸君に理解してもらう。

5日目の夜は、『ユートピアの冒険』でも言及される80年代後半の“東”や“南”の世界での民主化運動の高揚の1例として、86年暮れに放送された『ニュース・ステーション』の、同年2月に起きたフィリピン革命に関する特集を上映した。通常のニュース部分もついでに上映して、『ニュース・ステーション』がいかに“左翼偏向”番組、つまり当時の土井社会党マンセーで“ナカソネ政治を許さない”的スタンスで一貫していたか、政府ベッタリの報道ばかりの現在と違って80年代後半の日本がいかに(相対的に)“自由”であったかを体感してもらった。80年代後半の『ニュース・ステーション』に比べれば、のちの『ニュース23』や『報道ステーション』の“偏向”ぶりなど何ほどのこともない。ちなみに合宿に参加している学生諸君は全員、もちろん当時まだ生まれてもいない。

6日目から7日目にかけては、今回初めてテキストに採用することにした、スガ秀実『1968年』(ちくま新書・06年)を丹念に読み進む。とにかく“新書”にあるまじき難解さで、ちゃんと理解するには新左翼運動史はもちろん、ポストモダン思想や前衛芸術運動その他、さまざまなジャンルにまたがる膨大な予備知識を必要とする。アマゾンでのレビューをはじめ、ネットで感想の類をあさってみても、自分の無知蒙昧を棚に上げてのマヌケな誹謗中傷ばかりである。かくいう私ですら完全には理解できないぐらいの、難攻不落の1冊なのである。

前衛芸術運動史についてのツメコミキョーイクは割愛したが、それでも新左翼運動史とそれにしっかり関連させてのポストモダン思想を、たった数日でしかしそこらへんのFラン東大生も裸足で逃げ出すぐらいディープに理解した学生諸君は、口頭による私の解説つきであれば、どうにかこの難解きわまる書物を大雑把には理解できないことはないレベルにまでは達している。スガの“68年”論は現在の社会状況と密接に関連づけられる形で展開されており、これを理解できれば現在の日本の大学状況ではもう無敵なぐらいであるはずなのだ。外山合宿の歴代の参加者以外で、そのような学生は全国に5人もいないだろう。ポストモダン思想を云々している大学教員にだって、連中のシールズなどへの絶賛ぶりを見れば、もしかすると10人もいないかもしれない。外山合宿、まさに“偏差値40からの”エリート促成企画である。

6日目の夜は、やはり舞台作品で、大川興業の本公演『自由自』(98年)のVHSを上映した。今の学生諸君は、せいぜい江頭2:50は知っているが、大川豊総裁も、ましてハウス加賀谷なども、そして大川興業の存在自体を知らない場合がほとんどのようである。とくに90年代後半の一時期の大川興業の年1回の“本公演”は、かなり本格的な“演劇”作品で、かつ政治的なブラックユーモアが全篇を彩る怪作づくめで、私はとくにこの『自由自』と、前年97年の『全身全霊』が気に入っている。政治的な意味で“アブない”笑いというのは、こういうのを云うのである。鳥肌実の芸なんぞ、舞台上で鳥肌が演じる“アブない人”を客席の安全圏から嘲笑うだけの、悪い意味で不健全で、かつ本質的にちっともアブなくなどない安全無害(タチの悪いシニカル野郎どもをますます増殖させるという意味でのみ有害)なシロモノでしかない。この時期の大川興業の舞台は、舞台上のアブない人たちを笑って観ているうちに、いつのまにかそっちに感情移入してしまい、つまり舞台上のアブなさが観客にまで伝染してくる、本当にアブない笑いなのである。ちなみに私の07年・都知事選での政見放送の演説は、とくに何かの影響を受けたものではないが、この『自由自』でのハウス加賀谷による“自由自民党・総裁”としてのヘンテコ演説(と伊武雅刀の「私は子供が嫌いだ」)を意識はしていなかったでもなく、だから都知事選の初期のまだ集まりの悪い“高円寺駅前集会”におそらく病気療養で一時引退中だったハウス加賀谷がひょっこり訪ねてきてくれたのは本当に光栄だった。とにかく、外山合宿に参加した学生諸君には、鳥肌実ごときを面白がるのではなく、こういう本当に“すごい”芸というものがあるんだということを学んでほしい。

7日目の夜は、“最近の運動”に関するものも何か1本ぐらい、ということで雨宮処凛“主演”のドキュメンタリー映画『新しい神様』(99年)の上映をおこなった。00年代に入って急速に左傾し、今やほとんどポスト辻元清美、ポスト福島瑞穂みたいな存在に落ちぶれてしまった雨宮の、まださまざまな可能性を秘めていた“右翼パンク”時代の活動を追った傑作である。右翼だし相当バカ丸だしなんだが、要は“自分探し”の延長で北朝鮮にまで飛び立ってしまう真摯さ、素直さ、ケナゲさに胸を打たれ、観終わった時にはまずたいてい雨宮ファンになってしまうほどの強度を持っている。

集合初日を数に入れない8日目、つまり正確には9日目はいよいよ最終日だが、またまた私のオリジナル・テキストを使用しての、“80年代以降の若者たちの運動史”の解説となる。まず、まだ未発表で紙版『人民の敵』に近々掲載する予定の前記「全共闘以後」の第二章、80年代前半に登場してくる、70年代後半に登場するサブカルチャーやポストモダン思想と本来なら連動すべきだった“軽薄短小”な政治的諸運動について詳述した文章である。具体的には、辻元清美のピースボートや保坂展人の反管理教育運動などである。それらの登場と展開の推移を学んでもらった上で、まだ書き進んでいない80年代後半以降の運動史は、これはもう私が口頭で解説していくしかない。

私自身も主要な登場人物の1人となる90年前後のラジカリズムの高揚については、補足的に、私たち一派の最大のイデオローグだった鹿島拾市=加藤直樹(在特会批判のモチーフで関東大震災での朝鮮人虐殺を論じた『九月、東京の路上で』ころから社・14年で遅きに失する単行本デビュー)がネット上に発表した「馬の骨のころ」(前篇後編)を補足的にテキストとして使用した。もちろん、90年代の「だめ連」や松本哉の「法政大の貧乏くささを守る会」、00年代のフリーター労働運動や「素人の乱」、そして2011年の“3・11以降”の諸運動についても口頭で概説した。これらと並行する、在特会や排害社、さらには日本会議などへとつながっていく右翼運動史も、60年代後半の“新右翼”学生運動の登場にまで遡って簡単に解説した。こうして8日間にわたる(初日にマルクス主義を学ぶ過程でのフランス革命史まで含めて)壮大な運動史の学習が、“今・ここ”の現在にまで辿り着いたわけである。それらを踏まえて、“じゃあこれから何をやるか”は参加した学生諸君1人1人がそれぞれに模索すればよい。

最終日の夜は上映会はナシで、打ち上げ的な宴会となる。学生諸君は合宿期間をつうじてそれなりに仲良くなっており、あちこちで議論の花が咲く。ナニナニ派がどうこう、華青闘告発がどうこう、とうていイマドキの学生のものとは思えない会話の断片が離れた輪からたまに聞こえてきたりする。スガ『1968年』でその波瀾万丈の人生がひととおり述べられていた奇人・山口健二に何か大いに感じるところがあったらしい女子学生が、アナキズムをもっと勉強したいと云うので、だったら千坂恭二の本を読むといいと勧め、しかし著作は後日入手して読めるだろうし、ココでしか読めない、やはり近々紙版『人民の敵』に掲載予定の、60年代末に具体的に何をやったのか本人に根掘り葉掘り訊いてみた千坂恭二インタビューをプリントアウトして手渡すと、その場で熟読しはじめた。隣に座っていた男子学生も興味津々の様子で、女子学生が読み終わるとバトンタッチでやはり熟読しはじめ、要所要所でゲラゲラ笑っている。外山合宿で“68年の思想”をちゃんと理解すれば、“実効性”とやらを云々するそこらのリベラル学生どもには無意味としか思われないに違いないハチャメチャな千坂流アナキズム運動の面白さのツボがもう反射的に分かるのだ。

3月10日、それぞれの飛行機や新幹線や鈍行列車や高速バスなどの出発時間に合わせて、参加学生諸君は福岡を発っていった。時間的余裕がある諸君のために、我が九州ファシスト党が擁する若き優秀な芸術理論家・東野大地による“現代美術史”の補講もおこなわれ、4、5人が受講していたようである。私は毎回この日はぐったり疲れて、夕方まで寝ている。

紙版『人民の敵』の編集作業が滞っていて、以後10日間、その遅れを取り戻すための諸々を含めてバタバタとし、このweb版『人民の敵』の更新がこれほど遅れてしまった。

なお次回、第7回の“現役学生限定”「教養強化合宿」は、7月末から8月アタマにかけて、今回と同じく9泊10日の日程で開催予定である。

 

※アイキャッチ画像はイメージです(編集部)