東浩紀自身が「『運動』の言葉」を紡ぐことを考えるべきなのに、そういう当事者意識がない。だからしょせん“観光客”でしかないってことなのか(笑) ・・・『ゲンロン』 「昭和批評の諸問題 1975-1989」を読む(6) (外山恒一)


ゲンロン「昭和批評の諸問題1975-1989」を読む
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ゲンロン「平成批評の諸問題1989-2001」を読む
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ゲンロン「平成批評の諸問題2001-2016」を読む
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(5)からのつづき →

 

 前々々々々回(URL)からの紙版『人民の敵』販促シリーズの第6回目である。

 紙版『人民の敵』に掲載しているのと同様のコンテンツを別途作成して、こういうものが毎月読めるんだと具体的に提示することを目的として、紙版で最近よくコンテンツとしている、福岡での読書会での議論の全編書き起こしを、紙版用とは別個に1つ用意した。書き起こしたのは6月4日におこなった、東浩紀が中心となって刊行している雑誌『ゲンロン』創刊号(2015年12月)に掲載された、東浩紀・市川真人・大澤聡・福嶋亮大の4名による座談会シリーズ「現代日本の批評」の第1回「昭和批評の諸問題 1975-1989」の読書会である。

 内容的には紙版に掲載されるものの平均値ぐらいの“面白さ”である気がする。紙版の定期購読の参考とされたい。

 

 


 

(「4.だれが思想を支えるのか」黙読タイム)

 

外山 よろしいでしょうか?

藤村 冒頭からいきなりよく分からないんだが……75ページ下段で大澤聡が云ってる「文芸復興はふたつの『政治の季節』のあいだに出来した現象だったわけです」という、これをニューアカ・ブームと重ね合わせる場合の「ふたつの『政治の季節』」というのは、“68年”の全共闘運動と、91年の“文学者の反戦声明”以後の“ポストモダンの左旋回”ってことだよね。ここまでは彼らの歴史認識としては分かるとして、次の76ページに入って中段の、これは福嶋さんの発言ですが、「けれど、いまの批評は総じて大正時代に帰っているようにも見える」というのがよく分からない。「つまり、柳宗悦や白樺派、あるいはウィリアム・モリス的なものが回帰している」と云ってるけど、具体的にこれはどういう現象のことを指してるんでしょう? 「資本主義から距離を取りつつ、美的なものと道徳的なものを高次で維持するコミュニティを作っていこうという立場です。柄谷さんや浅田さんも、いまは白樺派的=大正的なものに近くなっているのではないか」と続いてて、これに対して大澤さんが「平成が大正の反復になっているという指摘ですね。まったくそのとおりだと思いますよ」って話が噛み合ってるっぽいんだけど、オレには何のことを云ってるのかさっぱり分からない(笑)。たしかに東浩紀が続けて、浅田彰がゲンロンカフェに登場した時に「民芸運動を高く評価して」、「ウィリアム・モリスの名も出ていた」とか、福嶋さんが「柄谷さんも最近ウィリアム・モリスの『社会主義』の書評を書いていましたね」とか云い合ってるけど、それ以外に何かそういう例があるの?

外山 “素人の乱”だってそうでしょう。社会全体を革命するとかではなく、高円寺って特定のエリアに根を張って、松本哉の云う“マヌケ・コミュニティ”を充実させていけばいいんだって発想だし、それをまた柄谷が絶賛してたりする。栗原康や森元斎が“アナキズム”と称して提唱してるのも、何かそういう“DIY”的な匂いのする生活実践だし……千坂(恭二)さんはそういう“アナキズム”を“ガーデニング”呼ばわりしてバカにしてる(笑)。

藤村 そういうものがそれほど広く、例えば“批評シーン”の範囲だけでもいいけど、拡大してきてる?

外山 そこはそう思うよ。00年代後半のフリーター労働運動とか“ロスジェネ論壇”の登場以降、若手論客たちによる“資本主義批判”もべつに珍しいものではなくなってるし、じゃあどういう社会を目指すのかってなると、やっぱり決して社会総体的な“革命”とかではなくて、ローカルな相互扶助コミュニティの構築みたいな話ばっかりでしょ? 坂口恭平の“独立国家”がどうこうってのも、読んじゃいないけど、どうせそういう話だろうしさ(笑)。柄谷も松本哉を絶賛し始めるよりだいぶ前から、“高次の互酬制”がどうこう云ってたじゃん。

参加者B たしかに。

藤村 何だっけ、それ。

外山 “交換様式D”だったかな?(笑)

藤村 ああ、あれか。

外山 スガさんなんかが、そんなクロポトキンやプルードンみたいなことを今さら云い出してもダメなんだ、と口をすっぱくして云い募らざるをえないぐらいには、そういう風潮はあると思う。で、実際、クロポトキン的な“アナキズム”が流行ったのも、たしかに大正時代のことだよね。

藤村 なるほど。

東野 柄谷がウィリアム・モリス的なものを評価してるというのは、最近の柄谷の印象からしてそんなに違和感ないけど、浅田彰までそうなってきてるというのは驚きました。そういうのはバカにしそうな人じゃありませんでした?

参加者B そうですよね。

藤村 ウィリアム・モリスってのがどういう人なのか、オレは知らないからなあ。

東野 19世紀半ばの、まあ一応は“社会主義者”に分類される人ではあるんですが、“近代デザインの父”とも云われてて、イギリス人だし、つまり猛烈に工業化が進んで、大量生産の粗悪な商品が蔓延するようになってきた状況を目の当たりにして……。

外山 “DIY”的な価値をそれに対置する、と。

東野 そうそう(笑)。“職人の美しい手仕事”が失われて、そういう大量生産の粗悪品が蔓延することで我々の生活は疎外される、みたいな話。で、手仕事による“ちゃんとした”製品を復活させようとするんだけど、服にしても椅子とかにしても、結局そんなの“高級商品”というか、金持ちにしか手の届かない高額なものになっちゃうじゃないですか。……スガさんなんかは絶対、ウィリアム・モリスとかそういうのはバカにしてると思いますね。食べ物で云えば、マックとかじゃなく、もっとオーガニックなものを食べましょう、みたいなことですよ、ウィリアム・モリスってのは。フーコーが“私はマックとコーラで充分だ”って云ったらしくて、スガさんもそれに賛意を示してた。浅田彰だってフーコーやスガさんの側だろうと思ってたのに、ちょっと意外だ。

藤村 “スローフード運動”とか、そういう感じのことなんだ?

外山 うん。“フード右翼、フード左翼”なんて言葉もあるけど、本来の意味としてはまったく逆だよね(笑)。“マックとコーラで充分だ”って立場のほうが本来は“フード左翼”と呼ばれるべきでしょう。

東野 まったくそのとおり。オーガニック志向みたいなのは、せめて“フード社民”とか呼ぶことにしてほしい(笑)。

参加者A その“フード右翼、フード左翼”ってのは何ですか?

外山 一般に流通してる意味としては、本来の“右翼、左翼”とは逆で、“マックとコーラで充分だ”みたいなもののほうが“フード右翼”って呼ばれてる。

東野 うん、ジャンクフードばっかり食ってる、みたいなのが“フード右翼”ってことになってますね。

外山 で、手間ヒマかけて作られた“体にいい”ものを食うのが“フード左翼”と呼ばれてるんだけど……。

東野 階級的視点が欠けてますよ(笑)。

外山 そうとも云えるし、“伝統的な食文化”を大事にする側が“右翼”のはずでしょう。まあ、エコロジー運動的なものが“68年”的な左翼運動から登場してきた結果として、そういう間違った言葉の用法になっちゃうのも仕方ないんだけどさ。

東野 でもエコロジー運動自体が右翼的なルーツを持ってるとも云えるんじゃないですか?

外山 ドイツの緑の党も初期はネオナチ的な一派がかなり含まれてたらしいしね。

……話を戻すと、この座談会、やっぱり“大正”とのアナロジーが上手くいってないよ。ぼくもちょっと誤読してたところはあって、75ページ下段に大澤聡の発言として、「文芸復興は実質的には大正復興です」とある。“大正的なもの”ではなくて、“大正的なものの復興”って意味でニューアカ・ブームとかを“文芸復興”にアナロジーしてたようで、まあぼくが誤読してたというより、座談会の前半のほうではそういうふうに云ってくれてないのが悪いんだけどさ(笑)。だけど改めてそういう主旨を理解したとしても、やっぱりニューアカ・ブームが“2つの政治の季節に挟まれてる”って認識自体が間違ってるんだから、そのアナロジーは上手くいくはずないんだ。実際にはニューアカ・ブームは“68年”的な“政治の季節”の最終局面の現象であって、“68年”とニューアカ・ブームとの間に“切れ目”なんかないんだもん。で、80年代半ばに本当の切れ目があって、しかし80年代後半はそれはそれで別の“政治の季節”の始まりだし、もっと云ってしまえば“政治の季節”でない時代とかそもそもない(笑)。

あるいは別の見方として、本来は政治的言説であったはずのポストモダン思想が、ニューアカ・ブームによってヘンに流行してしまうことで政治性を捨象されて、それ以降の批評シーンでは単なる知的ファッションとして空疎に流通しているって意味では、80年代半ば以降の批評シーンは“大正的”だとも云える。大正デモクラシーなんて、よく云われるように単なる無意味な空騒ぎでしょ。出発の時点で、大逆事件と朝鮮併合で“許される言論”の大枠をはめられた中で、ワーワーやってたにすぎない。“賑やかなだけ”で何の意味もない言説しか登場できない“80年代半ば以降”って、たしかに“大正的”だよ。そういう意味では、“大正的なもの”から身を引きはがして“切断”を図る“野蛮な情熱”が必要とされてて、ぼくが思うに、具体的には“政治の優位”を声高に叫ぶことだけがその方途です。

でもなあ……ほんとはもう“大正”にアナロジーしてもよかった時代はとっくに終わってて、すでに“昭和”に突入してるんだけどね。“昭和”というか、“戦時下”だな。戦争はもうとっくに始まってるのに、まだせいぜい“戦前”に身を置いてるつもりでいるわけでしょ、この平成の知識人どもは。

藤村 でも東浩紀は76ページ下段で、現在が“大正的なもの”に回帰してる状況なんだとしたら、「ぼくたちはここで、二〇一〇年代的な『小春日和の時代』を、大胆に切断しなければならないのかな」とも云ってるよ。

外山 うん。つまり“切断”も何も、現在はとっくに戦時下なんだってことにまだ気づいてないわけです。まだ“小春日和の時代”に身を置いてるつもりでいる(笑)。

藤村 なるほど(笑)。しかしイマドキの政治運動シーンでは、“すでに戦時下だ”って意識はかなり広がってるんじゃないかな。だから“共謀罪”だとか何だとかで、“アベを倒せ!”って騒いでて……。

外山 いやいや、彼らも今はまだ“戦前”だと思ってるじゃん。安倍ちゃんがいろいろやるもんで、“戦争の足音が近づいてる!”的な危機感を高めてるんであって、つまり戦争はまだ始まってないつもりなんだよ。

藤村 そっか。

外山 とにかく“2010年代”がまだ“大正的”な“小春日和の時代”だという認識でいるようでは困る。ぼくの認識では95年のオウム事件以降はもう戦時下ですからね。“小春日和”でも何でもない。

藤村 矢部史郎も2011年以降は戦時下だという認識でいるでしょう。

外山 あ、そうかもしれない。

藤村 たしかに少なくとも“3・11”以降は“小春日和”ではなく明らかに“非常時”であるはずだよな。

外山 そういう認識もありうるし、ぼくは、今の戦争は“反テロ戦争”なんだから日本の場合はオウム事件以降もうとっくに戦時下なんだという認識でいるけど、いつから“戦時下”かはともかく、少なくとも今現在は“戦前”でも“平時”でもないことははっきりしてる。まあ、すでにそういう“引き返し不可能”な過程に入ってるのに、まだ“批評”なんてものがナニガシカでありうるかもしれないなんて甘い認識の連中ばっかりだというマヌケな状況は、“大正的”なのかもね(笑)。

藤村 “切断”すべきなんだろうかと云う東浩紀に対して、福嶋さんは「ぼくはむしろ、大正的なものをもっとちゃんと分析し評価したほうがいいと思います」と応じてて、これは“切断”みたいな方向には否定的ってことかな?

外山 だって“切断”したら“戦時下”というか、“非常時”に突入しちゃうもん(笑)。“切断”は、“戦時下”の自覚に目覚めるってこととイコールだからね。この“小春日和”をもっと謳歌したい、夢から覚めたくない、という人はそりゃいるでしょう(笑)。

藤村 東浩紀にしても“切断”がどうこう云いつつ、どこまで本気で云ってるのか怪しいし、せいぜい“揺れてる”ぐらいの段階なんでしょうね。

外山 あと、このへんの議論はどうですか? 81ページ上段あたりの……。

東野 そうそう、ぼくも引っかかりました。まず80ページの下段から始まって……。

外山 あ、そうだな。

東野 福嶋亮大が「ぼくは七〇年代以降を、思想から階級の問題がなくなっていった時代だと見てい」るんだけど、「けれどこれから、階級の問題はまた前景化してくるのではないか」と問題提起してて、それに対して東浩紀が「賛成です」って応じる。で、「しかしその結果、批評が豊かになるかどうかはわからない。階級構造が復活したら、そのとき求められるのは、批評ではなくむしろ『運動』の言葉でしょう」って。しかしたぶん、ここで東浩紀が「『運動』の言葉」って云いながら想起してるのは、シールズとかその程度の連中が口にするような空疎な政治的言語ですよね。

外山 うん、シールズや反原連やしばき隊でしょう。少なくとも70年代の“総会屋雑誌”とかに当時の新左翼イデオローグたちが書き連ねてたような言葉を想起してるわけではなさそうだ(笑)。

藤村 まったくおっしゃるとおりだと思います。東浩紀はやっぱり“運動”と“批評”、あるいは“政治的言説”と“思想的言説”との関係を対立的なものとして捉えるきらいがあって、緊張を孕みつつ共にあるものだというような感覚は持ってないでしょうね。

外山 現時点で目立ってる“運動”ってほんとに低レベルなものばっかりだから、東浩紀は「『運動』の言葉」というのをああいうものでしかないと見なしてこう云ってるフシがあって、つまり「『運動』の言葉」ってのは東浩紀にとってあくまで他人事なんだよ。「『運動』の言葉」が求められるような状況が生まれそうだという見方に「賛成」なんだったら、東浩紀自身が、現時点で蔓延してる低レベルなものではない、もっとちゃんとした「『運動』の言葉」を紡ぐことを考えるべきなのに、そういう当事者意識がないというか、だからしょせん“観光客”でしかないってことなのか……(笑)。

藤村 そもそもポストモダン思想だって本来は「『運動』の言葉」だったはずでしょ。東浩紀にもそんなことぐらい分かってるはずなんだけど、いざ実際に“運動”的なものと接触した時には、どうもそのことを忘れちゃうみたいなんだよな。東浩紀がやるべきは、野間(易通)さんと決裂してかつての蜜月関係をなかったかのようにしちゃうことではなく、野間さんを騙してでもまたゲンロンカフェに呼び出して、野間さんの脆弱な「『運動』の言葉」を、東浩紀の「『思想』の言葉」なり「『運動』の言葉」なりでボコボコに粉砕することですよ。

外山 あと、細かい難癖になるかもしれんが、この節の一番最後の81ページ下段から82ページ上段にかけての東浩紀の、まず市川真人が“運動”云々、“階級”云々の話の流れで赤木智弘の名前を出したら、「とはいえ、赤木さんは『論座』でデビューしたのであって、古い出版に支えられ現れたひとでしょう。同じ『ロスジェネ』の雨宮処凛もそうですね」と云ってる。赤木智弘はたしかに朝日新聞社が意図的に生み出した論客かもしれないけど、雨宮処凛は違うよね(笑)。やっぱり東浩紀の視野には“政治運動シーン”がまったく入ってなくて、だから赤木智弘と雨宮処凛の登場の仕方が同じように見えてしまうんだな。雨宮処凛はどっかの大手既成メディアが発掘して売り出した人じゃなくて、まず“民族の意志同盟”なんていうオソロシイ極右団体の活動家として政治運動シーンで注目されて、そこから何年かの“下積み”があってジワジワと大手メディアにも進出してきた人ですよ。

藤村 うん、赤木智弘とは全然違う。そこが同じに見えちゃうのはたしかにマズい。だけど一応、東浩紀をちょっと擁護しておくと、彼のスタンスは、反原連に対しては“疑問”、しばき隊は“肯定”、シールズは“否定”なんで、最低限の政治的見識は持ってると思う(笑)。しかも、“しばき隊の今後”に対しての危惧は、野間さんとまだ仲良くしてた頃からちゃんとゲンロンカフェで野間さん本人に対して云ってた。

外山 ……というわけで、そろそろ最後まで読み進みましょう。

 

 

つづく

 

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