批評シーンの中で東浩紀は一所懸命運動を志向している。しかし、ジャンルがなあ…… -『ゲンロン』 「平成批評の諸問題2001-2016」を読む(3)


ゲンロン「昭和批評の諸問題1975-1989」を読む
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ゲンロン「平成批評の諸問題1989-2001」を読む
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ゲンロン「平成批評の諸問題2001-2016」を読む
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前回から続く


 (「2.「新たな批評の地平──ゼロ年代後半の批評」黙読タイム)


 

外山 132ページの一番最初の東浩紀の発言の中に、ゼロ年代半ばを過ぎて、「ここからさきはどんどん暗い時代になっていく」とあるけど、これは〝格差社会の進行〟とか〝右傾化の進行〟とかの全体状況を云ってるのか、それともフリーター労働運動とか素人の乱とか、あるいは在特会とかが顕在化して〝活動家の言説〟がいよいよハバをきかせるようになってきた、みたいな話なのか、どっちなんだろう?

藤村 やっぱり〝批評シーン〟にとって「暗い時代」ってことじゃない?

外山 タコツボの中が暗くなってきた、と。ちょっと電気暗くなってきてねえか、と(笑)。

藤村 社会全体も暗くなってきたという認識もコミだろうけど、主には〝批評シーン〟の話をしてるわけだし。

外山 132ページ下段から133ページ上段にかけての一連の会話の中にある、村上隆が「ホリエモンの現代美術バージョン」(佐々木)だっていう形容はちょっと笑った。

藤村 そういう話は東浩紀が現代美術について論じる時はいつもやってますよ。グローバリズムに親和的な美術であって……。

外山 しかも東はおそらく村上隆的な方向を支持してるんでしょ? で、しかし村上隆と並んで「同時代には、その対抗軸として、いわゆる『関係性の美学』のような政治化しストリート化した現代美術も立ち上がっている。いわばホリエモン対ストリートの対立が美術業界にも見られる」(東)、と。この「関係性の美学」って、今日はもう呆れて来なくなっちゃったウチの東野大地センセイがツトに問題にされている、東京の〝3331〟とかいう中村政人って人がやってる流れのことでしょ?

藤村 じゃあ中村政人のようなものが「政治化しストリート化した現代美術」なの?

外山 話にならんぐらいレベルが低いのは、例えばシールズがそうであるのと一緒でしょう。そういえば五野井郁夫はその両方に関わってる(笑)。

藤村 なるほど!

外山 〝3331〟が「政治化しストリート化した現代美術」とはとうてい思えんけど、五野井郁夫の存在を念頭に置くと、〝シールズの現代美術バージョン〟ってことでいきなり納得がいく(笑)。「政治化しストリート化した現代美術」と云われたら普通は〝チンポム〟とかを念頭に云ってるのかなあと思うけど、東野センセイによれば、日本の現代美術シーンで「関係性の美学」を云々してるのは、ほぼ〝3331〟界隈のみらしいですから。

(後註.東野によれば、〝3331界隈〟と云った覚えはなく〝美大関係者界隈〟で、それも人づてに聞いた曖昧な印象による、とのこと)

 

藤村 この第2節全体の議論の〝暗い〟トーンはたぶん、一番には00年代後半以降、〝批評〟自体のレベルがどんどん落ちていってるという認識が彼らにあるからでしょうね。

外山 なんか佐々木中に対してやたら……。

藤村 手厳しい(笑)。……要は〝批評〟の世界がタコツボ化していったことによって、レベルが落ちていく。なんとかして〝批評〟を回復させなきゃいけないんだけど、自分たちの周囲もどんどん貧しくなっていて、一方で〝政治〟方面を見ると、実はそっちも〝大きいタコツボ〟でしかないんだが(笑)、なんか活況を呈してるように見えるわけだ。悔しい、と。それでジェラシーがメラメラと燃え上がっているという、そういう感じを受けます。

外山 〝政治〟系の言葉も貧弱なのは確かで、そういうことへの彼らの苛立ち自体は〝ごもっとも〟なんですけどね。しかし一方で、彼らが今のそういう〝政治〟系の言説を批判的に語る時の言葉も、やっぱり貧弱だと思う。乱暴すぎるというか、それは何度も何度も云ってるとおり、彼らが政治的な運動の展開や変遷について知らなすぎて、ほとんどイメージで語ってるにすぎないからなんだけどさ。それは148ページ中段から149ページ上段にかけて、彼らが〝最近の運動〟についてざっと語り合ってる部分からも見てとれる。東が、「二〇〇〇年になるかならないかのころ、『だめ連』のメンバーに会って活動内容を尋ねてみたら」云々って、遅すぎるでしょ(笑)。

藤村 うん、遅い。00年頃といえば……外山君が逮捕されたのはいつだっけ?

外山 02年。

藤村 そのちょっと前ぐらいから、だめ連はテレビにも出てたよね?

外山 00年前後のだめ連はもう完全に〝終わって〟るんです。97年の『現代思想』の特集の時点でほとんどもう終わりかけてて、どんどん左派系知識人の慰みものみたいになった挙げ句、00年前後には筑摩とか河出とかの遅れた出版社がやっと注目して競うように〝だめ連の本〟を出すし、「たけしのTVタックル」にまで進出したりするようになってるという、消費されまくってもう何もない状態。そんな時期のだめ連に初めて遭遇して、「『中野の自転車置場でときどき会ったり会わなかったりする』と言われて脱力した記憶があります。こんな遊びが『現代思想』で取り上げられているのかと、半ば憤ってもいました」と東はトンチンカン極まりないことを云ってるわけです。もちろんここではそれをいわば〝過小評価だった〟、00年代後半にフリーター労働運動とか出てきてから認識を改めた、と云ってるんですけど、だめ連のピークが『現代思想』の特集なんかよりずっと前にあったことなんかは相変わらず分かってないでしょう。世間がだめ連に注目するのは確かにものすごく遅かったんだけど、〝批評家〟のくせに首都圏の政治的な運動の動向について世間と同レベルのアンテナしかないのはマズいだろ。

同じようなことは137ページ上段のサヤワカ発言についても云える。「〇五年に『素人の乱』、〇六年に『革命的非モテ同盟』が登場します」っていう。素人の乱と非モテ同盟を同列に並べるセンスも度し難いけど、それは措くとしても、松本哉の運動の起点を05年なんかに置いちゃダメですよ。だめ連が勢いを失っていく97、98年に、それと入れ替わるように〝法政大学の貧乏くささを守る会〟で大旋風を巻き起こすのが松本哉なんだもん。

藤村 外山君の周辺にいたからだけど、オレですら福岡にいながらにして松本哉の存在はその頃からもう知ってた(笑)。

外山 〝松本哉〟を00年代の、しかも00年代後半以降の人として語るのがそもそも大間違いってことです。ほんとは90年代後半の人なんだ。

藤村 そうだよな。

外山 ここでは一応、「〇五年」と年号が挙げてあるけど、素人の乱の結成時点で彼らがそのことを知ってたともとうてい思えない。07年の杉並区議選で騒がれてからか、08年に松本君の最初の本が出てからか、もしかしたら〝3・11〟以降の反原発運動で一般のニュースにさえ登場してから初めて知って、後から調べただけのことでしょう。まあおそらく07年の都知事選と杉並区議選の直後、彼らの〝お仲間〟である鈴木謙介が司会をやってるTBSラジオの「ライフ」に、ぼくと松本哉が出演したあたりで初めて知ったんじゃない? 07年まで彼らは松本哉はおろか外山恒一すら知らなかっただろうし、それぐらい〝遅い〟連中なわけです。もちろんそもそも〝政治系〟に反感を持ってるからあんまりちゃんと見てないんだろうけど、そのために知識がなさすぎて、知識がないくせにあれこれ口を挟もうとするからトンチンカンなことばかり云ってしまう。

それこそ私の『青いムーブメント』(彩流社・08年)でも読んでだね(笑)、〝ドブネズミ系〟の存在まで視野に入れないことには80年代以降の運動史は正確には読み解けないんだけど、せめてヘサヨとパヨクの識別ぐらいはしてほしいよ。だめ連や素人の乱は実はヘサヨではなくドブネズミ系だけど、あとヘサヨとドブネズミ系の野合であるフリーター労働運動と、そういうのをパヨク系の反原連やしばき隊やシールズと一直線に結んじゃうようなデタラメな歴史観をこんなふうにバラ撒かないでほしい。〝批評シーン〟への影響は大なんだろうし、迷惑だ。

藤村 ……133ページ上段で大澤さんが、「『現代思想』の書き手の一部が思想誌『VOL』を創刊しています。中心メンバーのひとりである萱野稔人は〇五年に『国家とはなにか』を出版し、カルチュラル・スタディーズやポストコロニアル批評では批判が大前提だった『国家』の問題にメスを入れ、実体論的なアプローチを示します。あの仕事によっても、それまでの言論界の痩せ我慢の底が抜けた。ひとつの転機になったはずです」と云ってます。続けて萱野が「テレビ文化人」化していったことを揶揄してるし、萱野はつい最近もテレビで〝共謀罪〟問題に絡んで安倍内閣の肩をもつような発言をしてツイッターでさんざん叩かれてたし、この後の議論も鈴木謙介や荻上チキがタレント化していく話が続くし、「痩せ我慢の底が抜けた」というのは、もともとアナキストだったはずの萱野がテレビに出てメジャー化して堕落した、というような意味?

外山 いやいや、座談会の流れからして、言論界全体の〝左傾化が加速した〟という意味でしょう。

藤村 だって萱野さんは〝左傾化〟どころか、むしろ右傾化、保守化したわけだから……。

外山 萱野稔人個人はね。ここで「痩せ我慢の底が抜けた」と云ってるのは、〝『VOL』の創刊〟からの文脈だし、〝「テレビ文化人」化〟は付け足しで、ただその付け足しを機に話題がちょっと変わる。〝批評〟とくに〝現代思想〟系の批評なんて、たいていみんな左翼なのは前提なんだけど、露骨に左翼的なことは云わない、まして現実の左翼運動にコミットするのは避ける、というのが不文律みたいになってたわけでしょ。自分たちは〝活動家〟ではなく〝批評家〟である、というクソろくでもないプライドを左翼知識人たちは持ってるものだった。左翼だけど左翼運動にはコミットしない、というのがつまり「痩せ我慢」で、『VOL』なんていう露骨な左翼メディアを大学に籍を置く若手研究者たちが創刊した、というのがつまり「痩せ我慢の底が抜けた」ということだよ。で、彼らは総じてそういう〝政治的言説〟について、〝没教養・没理論・没知性〟の低レベルな言論だ、という偏見を持ってるわけだから、そういう方向に「底が抜けた」ということでもある。

〝付け足し〟を機に始まる〝「テレビ文化人」化〟については、その後も何度か繰り返し論点になってるよね。すぐTBSラジオの「ライフ」の話につながって、だいぶ後のほうでも152ページ下段でやっぱり大澤が「『テレビ』と『運動』へという流れは一〇年代の批評が置かれた条件を物語っています」と、〝批評家〟が〝批評家〟として自立せずに、タレント文化人化したり〝活動家〟に転じたりすることで、彼らは〝出口〟と云ってるけど、いわば〝卒業〟していっちゃう現象に苛立ってるようです。あるいは〝大学〟の中に引きこもってしまうような方向にも、前回の座談会では批判的だった。

藤村 ちなみに、「ライフ」に権威あるギャラクシー賞をもたらした(外山と松本哉の出演回が受賞)外山センセイとしては(笑)、ここでの東浩紀による「ライフ」評価はどうなんですか? 東は「あまり評価はしません」と云ってますが……。

外山 ぼくもべつに〝評価〟はしてないよ(笑)。呼ばれたから出ただけだもん。

藤村 東が〝評価しない〟理由は、「ライフ」でのトークに濃厚な「ぬるい部室のような空気」(134ページ上段)だと云ってる。「ぼくも部室的な空間自体は好きなんです。しかし、ゲンロンカフェを運営している立場から言えば、残念ながら部室では客が来ない」ということらしい。やっぱり東は、〝批評〟が客を集められなくなってきた状況に対して非常に危機感を持っており、この第2節全体をつうじて何度もそういう認識を表明してるわけだ。これはだいぶ以前に東と柄谷が喧嘩した時の話ともつながっていて、〝今後は「批評」も先細りしていくんだから、批評家も営業活動をしなきゃいけない〟って東があの柄谷に噛みついて(笑)、柄谷は当然、〝うるせえ!〟って一蹴したという……(笑)。東が昔からここらへんは一貫してるのは偉い。

外山 タコツボ化についての危機感の表明がずーっと続いてるような座談会だね。噂話で聞いただけだからテープ起こしでは人名は伏せるが、それなりに売れてテレビやラジオにも出てた某若手知識人が、地方の大学で教えることになって赴任して、いざ教壇に立ってみると学生たちが誰も自分のことを知らないことが分かって呆然としたっていう(笑)。〝批評シーン〟のタコツボ化を少しも自覚できてなくて、彼は自分を学生の多くが当然知ってるぐらいの超メジャーな存在だと勘違いしてたわけです。

藤村 バカだねえ……。

外山 そんなオソマツな〝世間〟認識でよく〝批評家〟を名乗れるもんだよ。

藤村 ……しかし134ページ下段の東浩紀の、『永続敗戦論』(白井聡・13年)に対するコメントがヒドい。「日本は『永続敗戦』の状態であり、そこから抜け出すには不可能なものへの挑戦が必要なのだという話」とか云ってるけど、あの本はそういうことが書かれた本ではありません(笑)。

外山 そうなのか。読んでないから分からない。

藤村 オレも最初は〝日本は対米追従路線から抜け出せ!〟っていう本だろうと思って読み進めてたんだけど……。

外山 むしろ〝抜け出せない〟って話をしてる本じゃないの?

藤村 そうそう。〝抜け出せない〟って話で、かつそのことにせめて〝自覚的であれ〟という本。だからオレはもちろん、〝ケッ、これだから根性ナシのリベラルは!〟と思いましたけど(笑)、でもリベラル派ならそういう結論しかありえないだろうことも分かる。でも白井聡はリベラル派ではなく〝レーニン主義者〟であるはずだよなあ。『永続敗戦論』の解釈がおかしいだけで、総合的には東の云うとおり白井は「レーニンを不可能なものに挑戦したひととしてロマン主義的に再解釈しようという」人、「抽象的なロマン主義」、「政治的ロマン主義」の人なんでしょうね。「五野井郁夫さん、北田暁大さんとの最近の共著『リベラル再起動のために』(一六年)でもまったく同じで」と東は云ってて、この本はオレは読んでないが、その中で白井は「野党共闘なんてちゃんちゃらぬるくて、解決策は共産革命しかないと言っている」らしく、「威勢はいいんですが、政治的ロマン主義ですね」と切って捨てられてるんだけど、オレは左翼じゃないから賛同しないだけで、白井聡の云ってることは何も間違ってないし、正しい(笑)。

外山 うん。〝そうだそうだ!〟と賛同できない東の〝軟弱ヘナチョコ〟ぶりが露呈してるだけ(笑)。……136ページ中段から下段にかけて、赤木智弘と雨宮処凛の話が出てきますが、前々回の座談会と違って、東もちゃんと赤木智弘と雨宮処凛とは全然違うんだということぐらいは理解してるようですね。前々回の座談会から1年ぐらい経ってるわけで、ちょっと成長の跡が見られる(笑)。

藤村 しかし東浩紀がなぜ雨宮処凛を評価するかというと……じっさい評価してて、ニコ生とかでもよく、シールズをディスる時に比較対象として雨宮処凛の存在を引き合いに出したりしてる。ちょっとヒネクレた見方をすれば、雨宮処凛は「パヨク」化しないからじゃないの? 要は雨宮処凛はまったく〝批評〟的な人ではないし、東浩紀の〝批評家〟としての存在を脅かすことなんか絶対にないというだけのことでしょう(笑)。

外山 ただ、多少認識が更新されたのはいいけど、「雨宮さんはミニスカ右翼から転向して左翼になったので、ぼくを含めみなすぐやめるだろうと思っていたのだけど、意外と息の長い活動を続けている。ある意味で雨宮さんはここで、自分の生き方を見つけたんだと思うんですよね」と東は云ってて、佐々木がそれに「自分探しを成就させた、と」って応じてる。とくに間違ってるわけではないが、「ミニスカ右翼」の頃は単に不勉強だったから右翼だっただけだよね(笑)。

藤村 そんな云い方をされては右翼としては立場がないが、まあ雨宮処凛の場合はそうです(笑)。

外山 単に「自分探し」をしてただけで、その過程でたまたま視野に入ったのが右翼方面の人だった。いったん飛び込めばいろんな人と知り合うし、彼女の場合は左翼系の人が面白がって近づいてきて、〝左右交流〟の中でいよいよ勉強して左傾した、という(笑)。自分のことだけでなく社会のことを考えるようになって、左翼になったわけで、雨宮処凛の本当の政治的履歴は〝左傾して以降〟に始まるんだよね。「ミニスカ右翼」時代は単に「自分探し」時代で、〝自分〟のことしか考えてなかった(笑)。もちろんこれは批判的に云ってるわけではなく、それでいいと思います。普通はマジメに勉強すれば左翼になるんであって、それが〝お勉強〟では終わらない人がやがて右に行ったりするんです。

藤村 雨宮処凛の〝過去〟については、認識が間違ってる人が多いよ。福田和也なんか昔から雨宮処凛のことは視野に入れてたはずなのに、ラジオで言及する時に〝一水会にいた〟って云ってた。たしかに一水会の機関紙である『レコンキスタ』に連載はしてたし、近しい関係にもあったけど、雨宮さんが実際に所属してたのは「民族の意志同盟」だよね。で、その時期から一部では有名だったが、もうちょい有名になるきっかけがドキュメンタリー映画の『新しい神様』(土谷豊監督・99年)でしょ。映画の中でもすでに元・赤軍派議長の塩見孝也とかとの交流が始まってたし、映画が完成してしばらく経つといよいよ本格的な左傾化が始まった。『生き地獄天国』(00年・ちくま文庫)という最初の本が出る頃にはほぼ左傾してて、たしか最後の章のタイトルは「天皇陛下バイバイ」だったよね。そしてその後さらにどんどん左派・リベラル派のほうに接近していく。そういう経緯をリアルタイムで見てた人間からすると……まあウソは書かれてないけど、〝批評家〟たちの言葉としては雑すぎる気はする。

外山 もちろんたかだか1ページあるかないかの言及で、そこまで求めるのも酷ではあるけど、でもやっぱり政治運動シーンの変遷についてこんなふうにあれこれ語るんなら、ディテールは押さえた上で語ってほしい。雨宮処凛に対してはたまたまあんまりボロが出てないだけで、他のところではボロが出まくってるし、それに雨宮処凛についても、本当にちゃんと見てればもう少し云い方が違ってくるだろうとは思う。

藤村 しかも「意外と息の長い活動を続けている」とか、なんか……偉そうだよね(笑)。「自分の生き方を見つけたんだと思う」とかさ。

外山 まあ『新しい神様』を観れば、〝右翼時代〟の雨宮処凛はあまりにもバカすぎて、つい〝上から目線〟でモノを云いたくなりますけど(笑)。でもメチャクチャ真剣なのも伝わってきて、そのケナゲさが憎めなくなるというか、好感がもてるし、観終わる頃には完全に雨宮ファンになっちゃうような映画ですよ。

藤村 その前のくだりで、白井聡も含めて、00年代後半のいわゆる〝ロスジェネ論壇〟について、「若年層の貧困を分析する際に、社会構造の問題よりも、むしろ当人たちが抱える不安や自意識など実存的な問題に重点を置く」(135ページ中段・大澤)傾向を問題にした流れで雨宮処凛の話になってるから、云い方もつい偉そうになってしまうんでしょう。しかし「ロスジェネ論壇では実存の問題が社会の問題とダイレクトに結びついていたわけです」(同下段・大澤)と云うけど、たしかに雨宮処凛がそうだったのは『新しい神様』を観れば分かるとはいえ……。

外山 その雨宮処凛にしても、「ミニスカ右翼」時代が「自分探し」だっただけで、左に転じた時点で「自分探しを成就させた」んであって、それ以降は違う。

藤村 実際どうだったかな、ロスジェネ論壇って。たしかにここで云われてるような傾向は感じられたが……。

外山 ぼくはここで云われてることは概ね正しいと思うよ。

藤村 それにここでは〝ロスジェネ論壇〟を雨宮処凛と赤木智弘に代表させてるけど、『ロスジェネ』創刊号(かもがわ出版・08年)にはたしかにこの2人の名前も前面に出てたとはいえ、それ以降は出てきてたっけ? 4号(10年)まで出たはずだけど、それ以降はもう赤木智弘は出てきてないはず。

外山 『ロスジェネ』は他に……増山麗奈がいたのは強烈に覚えてる。

藤村 あ、増山麗奈か……すいません、やっぱりロスジェネ論壇は〝自分探し〟です(笑)。

外山 あの人は〝自分探し〟ですらない気がする。〝上昇志向〟?(笑)

藤村 佐藤悟志は雨宮処凛への評価が手厳しい人で、彼女も要は〝上昇志向〟なんだと云ってる。それは有名になってテレビに出まくるというようなことではなくて、左翼が〝上〟なんだ、右翼での活動を、やがて〝上流社会〟である左翼業界へと転身するためのステップアップに利用したんだ、と。

外山 佐藤悟志は逆に長いこと左翼で頑張って、その果てに〝下層人民〟との結合を求めて右に〝転落〟したんだもんね(笑)。立派だ。

藤村 『ロスジェネ』は杉田俊介、大澤信亮、浅尾大輔、増山麗奈……といったあたりがメインだったと思う。

外山 うん、でも座談会の中で言及がないだけで、佐々木敦の基調報告ではちゃんと言及されてたよ。……(本棚から実物を取り出して)創刊号には紙屋高雪もいるね。〝オタクコミュニスト〟を自称してるサブカル系の批評家で、もう何冊か著作もあるけど、彼は実はぼくらがやってた「全国高校生会議」の参加者なんだよ。ぼくや矢部史郎といった主力メンバーではなく、単なる参加者の1人だけどね。愛知県で民青の高校生班を束ねてて、そこそこ優秀な奴だという印象はあったけど、まさかその後、民青の全学連委員長までやってたとは最近まで知らなかった。

藤村 へー、そんな人がいるのか。……しかし増山麗奈の名前を出されると、ロスジェネ論壇=〝自分探し〟というイメージに説得されてしまいそうだ(笑)。

外山 だって、ロスジェネ論壇とダイレクトにつながるわけではないけど、決して無関係ではないところに最近は森元斎や栗原康といった〝自分探しアナキスト〟、〝メンヘラ・アナキスト〟たちも登場してるわけで、細かい部分はともかく、大筋としてはここでの議論はぼくには納得できるものだよ。

藤村 しかし一方でじゃあ、「実存の問題」と「社会の問題」とが結びつかない場合はどうなるかといえば、ヘサヨ化するわけでしょ? 〝他者〟だの〝外部〟だの、〝マイノリティ〟に帰依するような運動になってしまう。

外山 いや、あれはあれで〝自己否定〟的な実存の運動だよ。「実存の問題」と結びついてない社会運動って、ほくのイメージではむしろシールズとかってことになる。あれは〝自分探し〟ではないよね。

藤村 さあ……シールズのアカウントの大半が〝ぶろっくやっちゃうよ君〟を導入していて、オレはそのブロック・リストに入っている〝レイシスト〟らしいし(笑)、シールズの動画とかはあまり見れなかったんだよ。

外山 個々人を見ればそういうタイプもいるだろうけど、運動全体としては、単なる正義感に基づいた凡庸なリベラル派の運動だもん。あるいは〝選挙に行こう!〟とかさ。東たちは「実存の問題」と結びついた運動を批判的に云うけど、じゃあそうでない運動って何なんだということになると、結局そういうしょーもない運動でしかない。

藤村 あるいは宮台真司も〝実存の問題と社会の問題とは切り離せ!〟的なことを昔からよく云ってて……。

外山 で、どうなるかといえば〝政策提言〟だの〝ロビイング〟だの、ほんとしょーもない!

藤村 だから東たちのこういう批判の仕方は、事実としては間違ってるわけではないんだが、好きではない。

外山 むしろ〝ちゃんと結びつけろ〟ってことですよ。まあ、実存主義はほんとにマジメにゴマカシ抜きでちゃんと政治化させるとファシズムになるしかない、というのがぼくの結論なんだけどさ(笑)。

……東たちの〝無知〟っぷりをさんざんディスっといて、ぼくがこういうことをよく分かってないというのはマズいんだが、『ロスジェネ』と『フリーターズ・フリー』(07〜08年。14年に自主流通の最終第3号刊行)って、どういう傾向の違いがあったんだっけ?

藤村 執筆者もかなり重なってたと思うよ。大澤信亮や杉田俊介は両方に関わってたでしょ。あと、生田武志さん。

外山 生田さんが『フリーターズ・フリー』のメインでしょ、たしか。アタマ良さげなほうが『フリーターズ・フリー』で、アタマ悪そうなほうが『ロスジェネ』ってイメージなんだけどさ(笑)。

藤村 うん、オレもそう(笑)。〝勉強になる〟のが『フリーターズ・フリー』で……(笑)。でもそうか、『フリーターズ・フリー』との比較で考えると『ロスジェネ』は〝自分探し〟だよなあ。〝自分探し〟というか、〝自意識の発露〟

しかしそれは単に増山麗奈がいるかいないかの違いかもしれない(笑)。

外山 生田武志さんには1度会ったことがあるけど、ものっすごいマジメなヘサヨ、という感じの人だった。熊本に来た時にぼくの〝秘密アジト〟に泊まって、かなり長いこと語り合ったんだ。ぼくらと5歳ぐらいしか違わないんだけど(64年生まれ)、ずーっと釜ヶ崎で活動してて、もちろんぼくはそういうのから〝野蛮な情熱〟でもって身を引きはがすことで〝異端的極左〟の思想的流浪を開始したわけで、全面的に支持はしないまでも、やっぱり偉いとは思うよ。頭が下がります、というか(笑)。その生田さんの印象もあって、『フリーターズ・フリー』のほうはヘサヨっぽい、『ロスジェネ』のほうは、ぼくらドブネズミ系の末裔のだいぶ劣化した部分という、あくまでイメージなんだけどね。……まあ、いいか。

137ページ中段の大澤発言の中に、「SEALDsの活動の参照モデルのひとつは、まちがいなく在特会の動画でしょう」というのがあるけど、これはどう思う?

藤村 間違いでしょう。

外山 だよね。

藤村 「まちがいなく」とか云ってるけど、「まちがいなく」間違いです(笑)。……あえて認識を修正するなら、しばき隊の活動の参照モデルの1つはたしかに在特会で、そのしばき隊の影響を多少はシールズも受けている。

外山 間接的な影響というか、しかしそれも〝動画の使い方〟とかの部分での影響ではないよね。〝まず街頭に出る!〟っていうノリの影響であって。

藤村 ただ奥田愛基さんは、神保哲生がやってる「ビデオニュース・ドットコム」で、在特会の動画の使い方について、〝悔しいけど上手いと思う〟ってことは云ってたけどね。

外山 それは逆に云うと、〝動画の使い方〟の部分では参照してない、影響は受けてないってことじゃん。……ぼくはよく分かってないんだが、在特会のそれと似てるかどうかはともかく、シールズって〝動画の多用〟とかしてたの? 何かそれに近いようなことがあって、大澤もこういうことを云うんでしょ?

藤村 さあ、オレもシールズの動向はちゃんと追ってなかったし。

外山 マスコミはさんざん報道してたみたいだけど、自分たちで動画を撮ってネットに上げたりとか、そんなことをしてたイメージはないけどな。だって在特会とかは、マスコミが報道してくれないから自分たちで〝報道〟してるわけだもんね。マスコミが嬉々として報道してくれるシールズに、わざわざそんなことやる動機がないでしょう。まあ、小熊英二がドキュメンタリー映画にしたって話は知ってるけどさ。

藤村 ツイキャスとかは結構流れてきた。あと、「あざらし防衛隊」っていう、しばき隊界隈でシールズ好きの、主観的にはシールズを応援したいんだろうけど、シールズ側にとってはたぶんとっても迷惑な中年のオッサン集団がいて(笑)、彼らは在特会と同じノリだし動画をバンバン撮ってネットに上げてたかもしれない。

外山 しかしともかくこの人たちは、シールズはまたちょっとそれまでの流れとは違うんだ、ということも分かってるフシがないよね。そもそも自生的な運動ではなくマスコミが作った幻影みたいなもんだ、ということがたぶん分かってないでしょう。反原連やしばき隊とは友好的ではあるけど、別物だし、80年代以来のドブネズミ系やヘサヨの系譜の延長にある素人の乱やフリーター労働運動とも違うことはもちろん、〝9・11〟以来の系譜を持ってる反原連やしばき隊とも違う、そういう〝運動史〟とは何の関係もない、マスコミ主導で作られた〝運動シーン〟への闖入者にすぎないんだもん。

藤村 そこらへんは全然分かってなさそうだ。シールズって、実は〝大人の運動〟だよね(笑)。

外山 うん、朝日新聞の記者とかの運動(笑)。赤木智弘とかと一緒! 個人ではなく集団の赤木智弘(笑)。

藤村 それはなかなか的確すぎる……。

外山 ……137ページ下段の東発言はすごく腑に落ちた。「出版はリベラル知識人が圧倒的に強い。そうなると右派は、小林よしのりのようにマンガに行くか、在特会のようにネットに行くか、いずれにせよ周縁から出発するしかない。その結果、リベラル層はネットに対して親和性が低くなり、出版が強いうちはよかったものの、時代が進むにつれて後手に回らざるをえなくなった」っていう。さっきも云ったように80年代の粉川哲夫とか以来、左翼のネットというかIT方面への進出は右派より圧倒的に早かったはずなんだけど、いつのまにか逆転してて、それはたしかに東がここで云ってるようなメカニズムでそうなったのかもしれない。さすが東浩紀!(笑)

藤村 〝批評〟だけでなくネットの動向にもちゃんと目配りをしてて、〝政治運動〟にだけ目配りが足りない(笑)。……えーと、他に何か気になったところはあったかなあ。

外山 〝らき☆すた〟が、〝けいおん!〟が、〝ハルヒ〟がっていう、キモヲタ・トークのくだり(141ページ)はどーでもいい!(笑)

藤村 〝コミュニティ形成〟については、彼らはすごくこだわってるよね。138ページで、東が08年に始めた雑誌『思想地図』と〝批評家養成塾〟の「ゼロアカ道場」について振り返ってるけど、『思想地図』について、いろんな人に声をかけて誌面に登場してもらったのに、「それがまったく線にならない。研究者が、もはや出版のなかで線を作っていくことに関心を持たなくなっていた。『思想地図』をやめたのは、その状況に対する絶望が大きいんです。論壇が機能するためには、さまざまな立場のひとが線になりコミュニティを作らなければ意味がないのだけれど、そうならないし、そもそもそんなことを考えているひともいない」とか、「『思想地図』にはコンテンツがあったけどコミュニティがなかったのだとすれば、ゼロアカには、コンテンツこそなかったかもしれないけど、コミュニティだけはあった。そして結局、そちらのほうが現在の活動につながっている」とか、東自身が総括しています。

外山 〝彼らが〟こだわってるというより、とにかく〝東浩紀が〟こだわってる。3回シリーズの座談会にこっちも律儀に3回シリーズの読書会をやってきて、回を追うごとに東への親近感というか、〝やっぱり同世代ではあるんだよなあ〟という近しさを感じるようになって我ながら困惑してるんですけど(笑)、東浩紀がデビュー以来ずっと続けてきてるのは、まさに〝運動〟なんだもん。〝批評シーン〟というタコツボの中で、東は一所懸命、〝運動〟を志向し、しかも何度も挫折を経験してるのに、へこたれずにまた別のことを考えて、〝運動〟を再建し、継続してきてる。この意味不明な情熱、パワー、そして〝運動家〟体質にはものすごく同世代性を感じるんだけど、〝ジャンル〟がなあ……(笑)。

藤村 〝政治運動〟ではないもんね。オタク運動(笑)。

外山 うん、オタク運動という圏域で、まさしく我々ドブネズミ派とそっくり引き写しの、〝多動児〟みたいな不屈の大奮戦をやってて……。

藤村 オレもアイドル以外ではオタクではないから〝別世界の話〟でしかないけど、もしオレがオタクで、この座談会を読んだとしたら、東浩紀って人はなんと偉大な……(笑)。

外山 超人的な〝活動家〟っぷりでしょう。

藤村 まさしくカリスマ的な指導者たるにふさわしい。

外山 オタク界の矢部史郎だね(笑)。まあ〝矢部史郎〟はちょっとイヤがらせで云っただけで(笑)、〝オタク界の松本哉〟でもいいですよ。

藤村 すごくアクティブな活動家。

外山 次々とイベントを仕掛けたり、雑誌を立ち上げたり、スペース運営にまで手を染めたり、とにかく思いつくかぎりの方法でシーンを活性化させようっていう。〝批評シーン〟というそもそもがタコツボの中での話だから限界はあるけど、そのタコツボの中の端のほうと端のほうでつながってない部分を出会わせてシャッフルしようとしたり、そのためのアイデアも豊富だし、かなり優秀な〝活動家〟だと思う。ただ、居場所を間違えてる(笑)。

藤村 なぜかオタク界でそれをやってる。

外山 そんなタコツボは出て、さっさと野間さんをボコボコにしなさい、という最初の読書会での話につながるわけですな。

……全体的に、〝政治運動シーン〟の出来事も、細部がよく見えてないがゆえのトンチンカンな発言も多いけれども、単に〝言及する〟というレベルでは、ほぼ取りこぼしなく、だめ連や素人の乱はもちろん、『VOL』とか『ロスジェネ』とか、さらには非モテ同盟とかまで広く言及してはいると思う。〝批評シーン〟については、そもそも専門なんだし、ますますそうでしょう。しかし151ページ上段に『超訳 ニーチェの言葉』が出てきて、まあそれを批判しているというより、それを権威主義的に批判した佐々木中を批判しているという感じの話になってるけど、これで思い出したのが〝現代語訳『アンチクリスト』〟と銘打った『キリスト教は邪教です!』(講談社+α新書・05年)っていう本です。その〝翻訳〟をやった適菜収って人も、取りこぼすとマズい人なんじゃないですか?

藤村 あ、そうだね。

外山 結構もう何冊も本を出してるでしょ。まあ、これだけいろんな人や著作に言及してれば、1人や2人は取りこぼしても仕方ないけどさ。

藤村 でも、そこは彼らの〝党派的〟な限界が露呈してるのかもしれないよ。だって適菜収は〝保守派〟と見なされてるはずだもん。

外山 ぼくも個人的にはあまりいい印象は持ってないんだけどさ。それこそシニシズムを強く感じる。ニーチェの本をいっぱい書いてるくせに、ニヒリズムじゃなくてシニシズム、ニーチェ用語で云えば〝能動的ニヒリズム〟ではなく〝受動的ニヒリズム〟なんだよな。〝左翼〟のことをよく知りもしないくせに、バカにして嘲笑してる感じを受ける。まあ個人的評価は措いといて、適菜収には〝ニーチェ入門〟的な啓蒙書も多いけど、彼らもこだわってる〝ネット文化〟論の文脈でも、『B層の研究』(12年・講談社+α文庫)は、〝B層〟って言葉の浸透ぶりを考えても、それなりに重要な本じゃない? ……あと、これまたぼくはあまりいい印象がないんだが(笑)、あの人もいるじゃん、『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書・09年)って本を書いた人。中川……。

藤村 中川淳一郎だ。

外山 うん、彼にも言及がないね。

藤村 しばき隊に目の敵にされてる1人だよ(笑)。

外山 まあ、『ウェブはバカと暇人のもの』でぼくの都知事選についてもトンチンカンな言及の仕方をしてたんで、あんまりアタマの良い人ではないと思うけど(笑)、〝ネット社会〟について論じてる人としてはやっぱり外せなくない?

藤村 津田大介に連れられて沖縄に行って、沖縄の厳しい現実を初めて実感して涙を流して、それでそれまでいい加減なことを書いてきたことを反省して、〝もう沖縄のことを論じるのはやめます〟って宣言したんだよ。えっ? なんで〝やめる〟んだよ(笑)。それまで書いたことが間違ってたと思うんなら、訂正して、〝本当はこうでした〟と書くのが〝言論人〟でしょう(笑)。

外山 しょせんオフザケでしか言論活動をやってないことを露呈させてるじゃん。

藤村 東浩紀とも、〝面識がある〟どころかもっと近しい関係にあると思うんだけど、たしかに言及されてないね。

外山 まあ、そんなふうに何人か重要な人が取りこぼされてるような気はするが、〝言及の範囲〟という点では、全体的にバランスはいいと思います。前々回、前回と比べたら相当いい。

藤村 でもやっぱり〝政治的なるもの〟への過剰なアレルギーは気になる。152ページ下段でも、佐々木敦が國分功一郎について言及してて、そのスピノザ論やドゥルーズ論を「テクストをしっかり読み、先行研究を踏まえつつ、独自の概念を新しいキーワードとして提出・抽出できている」ってベタ褒めしてるんだけど、そのすぐ後で、「とはいえ、國分さんは震災後は市民運動に向かっていった」って、オマエはそこまで〝運動〟が嫌いか、と(笑)。

外山 もはや異常だよなあ。ちょっとでも〝運動〟に足を突っ込むと……。

藤村 〝とはいえ〟って(笑)。

外山 〝惜しい奴を亡くした〟みたいな(笑)。

藤村 何でそこまで……。

外山 「どくんご」が反原発デモにも参加したりしてることは黙っておいたほうがよさそうだ(笑)。

藤村 もう応援してくれなくなるかもしれない。

外山 ……まあいいや、次に行っちゃいましょう。

 

 

つづく

 

 

ゲンロン「昭和批評の諸問題1975-1989」を読む
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ゲンロン「平成批評の諸問題1989-2001」を読む
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